第61話血の涙

 嘆願書は二枚重ねになっていて、2枚目には断罪としてサリエルに行われる罰の内容が細かく記されていた。


「このような冥皇の信念を壊す内容など容認できません。しかも、神器を使っての処刑など」


 嘆願書に記されている捕虜の処刑とは、捕虜の消滅を意味する。


 冥界は魂に対しての冒涜を禁じ、サリエルは精霊の消滅を出来る事なら極力避けたいと思っている。


 嘆願の内容は、神器の一つを不浄な物とし、冥界の法を犯し、冥皇の信念を砕く内容だった。


「冥皇、こんなもの無視でいいですからね」


 渋い顔で嘆願書を見るサリエルにハーデスが言う。


「この嘆願、無視したらミカエル達はどうなるのだ?」


 サリエルの言葉に使者が不適な笑みを浮かべ答える。


「ミカエル殿も腹心の兵士達も今はかなり疲弊している様子。間を置かずの争いに発展せねばよいのですが」


「......そう言う事か」


 サリエルは神器の一つである【ワズラ】を保管庫から出すようにハーデスに命じる。


「冥皇......」


「仕方あるまい。死者の書が欠損している以上、新な脇侍神を生み出せぬのだ。次の代に冠を継承するにはミカエルに生きててもらわねばならぬ」


 サリエルが地上の神々の元へ姿を現したのは、それから1ヶ月後の事だった。


 人里離れたサハラの砂漠。暇を持て余した神々の、残酷な催しショーが開催されようとしている。


 この日、サリエルは黒いローブ姿で神々が用意した祭壇に上がった。


 祭壇には大鎌に姿を変えたワズラが立て掛けられ、祭壇の下ではルシフェル軍の捕虜約2000柱が縄で縛られ並べられている。


 神々の贄のごとき憐れな精霊達、これから雑草を刈るかの様に淡々とした消滅の時を迎える。


「あんな物で我等の命を絶つのか......」


「我等の命は雑草程度の物だと言うのか」


「ああ主よ、何故私達を助けてくださらぬのだ。私達は見捨てられたのか」


 捕虜達はこれから訪れる自身の運命を悲観し涙を流している。


 サリエルは地上の神々に【最高の礼】をすると、捕虜達に向き直りフードを取った。


 捕虜達の後ろではミカエルが腕を組んで直立し、悲しそうな顔でサリエルを見ている。


 思いがけず短期間で再開する事になった可愛い弟。

 その弟が自分を含めた全ての者の罪を償おうとしている。


「兄弟同士を争わせた元凶の皇帝が処刑人とは。お前さえ居なければ良かったのに」


「我々の魂は消滅しても、お前への恨みは永遠に消えない。我等の呪いの血を浴び、一生苦しむがいい」


 捕虜達のサリエルに対する憎しみは凄まじいものだった。


 ルシフェルの心を奪い、最後はミカエルを陰ながらに操り、自分達を破滅に追いやった冥界の長。


 ミカエルは沢山の恨みの目に晒される弟を見て胸が締め付けられる思いがした。


「これより、神々の名の元に捕虜達の処刑を開始する!」


 サリエルは毅然とした表情で捕虜達に宣告する。

 信念を犠牲にし、冥界の法を犯す事にはなるが冥皇たる威厳は崩してはいけない。


 神々の従者が捕虜を押さえ付けて、サリエルの前に膝間付かせる。


 変幻自在なワズラは神々しく刃先を光らせている。


「残念だったな冥皇、我等の魂は永遠にお前の元には還らない」


 サリエルは大鎌の刃先をゆっくりと捕虜の首元へ入れ、素早く引き上げる。


 切断された首は血しぶきを撒き散らし、サリエルの顔を赤く染めた。


 純粋無垢と信じている美しい弟の信念が穢れる。ミカエルはその光景を直視する事が出来ず顔を背ける。


「直視しなくてはいけません。どうか真っ直ぐに見据えて、それが貴方への罰です」


 いつの間にか隣に居たインドラがミカエルを諭す。


 ミカエルは呪いの血を浴び続ける弟が哀れで、自分の不甲斐なさが情けなくて涙をこぼした。


 処刑は次々と休み無く行われ、辺りは血の海と化している。


 約2000柱の処刑、朝早くから始められた残酷な催し物は、日が傾いても終わらない。


 神々のほとんどは飽きてしまい、監視を残して国に帰ってしまった。


 サリエルは胸の内を隠して淡々と刑の執行をする。

 彼の心の内は誰にも知る由がない。


 既に太陽は沈み、夜の静けさに大鎌が魂を刈る音のみが響いている。


 僅かなランプの灯りの下に行われる処刑、サリエルが血の涙を流している事に誰も気付かなかった。

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