第60話神々の嘆願書

 ヨルダン川には、沢山の甲冑の類が流れ、やがて死海に貯まって行く。


 3日間に及んだ神々と天使達の戦争はミカエルの勝利で幕を閉じた。


 冥界の内戦も終結し、争いの元を作ったエレシュキガルは領土を全て召し上げられた。

 召し上げられた領土は隣接する国々に分配され、女王は神格を失い異空間に流刑となった。


 沢山の天使や神々が戦い果てたカナンの地。ミカエルはサンダルフォンを連れてメキドの丘に花を添える。


「結局、私1人で主の元へ帰る事になったよ」


「まだ帰りたくなさそうですね」


「当たり前さ。悲しいだけで、何の収穫も無いのだから」


「【総統】と言う地位を手に入れたではありませんか」


 ミカエルはため息をついてサンダルフォンに向き直る。


「私は兄を亡くし、弟ともまた生き別れになったのだぞ。もっと気のきいた事を言えないのか?」


「弟君とは、またいずれ会えるではありませんか」


何時いつになる事やら......」


 ミカエルの従者達が戦の後始末に追われていた頃、ミカエルに加勢した神々はルシフェル軍の捕虜の始末や戦で散った同胞の親族達への保障について話し合っていた。


「ルシフェル軍の捕虜は、ミカエルに託すのが然るべきではないか?」


「それは反対だね。神格が汚れるから自ら手は下さぬが、本音では八つ裂きにして人間共の里に晒したい位なのだ」


「私達はミカエルにも冥皇にも恨みを抱いている。あの馬鹿兄弟が元凶で招かれた厄災だ」


「あの兄弟も含めて罪を償って貰ったらいいさ。積年の恨みを晴らすいい機会だ」


「それは面白い、また兄弟同士で決闘でもしてもらうか?いや、それだけではつまらぬ。兄弟同士で目合まぐわいさせるなどどうか」


「冥皇は、それはそれは見目麗しいと聞く。裸にひん剥いて鞭を打ち、我等にひれ伏し足を舐めさせるのも粋よの」


「捕虜達に凌辱させ、まとめて晒し首も良いぞ」


「なんて下品な......」


「んっ?インドラ殿、何か言ったか?」


 神々の下品な会話にインドラが難色を示す。

 しかし、神々にここまで言わせる程にミトラの3兄弟は憎まれていたのだった。


「己の国は被害を受けなかったから綺麗事が言えるのよ。ならば、我々が納得いく形で後始末をさせる良い案が出せるのかね?」


「......なら、冥皇の信念を一つ壊して頂きましょう」


 ミトラ神を良く知るインドラ。

 彼もまた、かつてミトラ神に心を奪わた神の1柱である。


 神々の嘆願書は、エジプト神を通して冥皇の元へ届けられた。


 やっと平常運転で政が行われていた冥界。


 嘆願書を受け取ったハーデスは怒りをあらわにして使者に怒鳴り散らす。


「何が嘆願じゃ!知らん知らん!何故、我等の皇帝が地上の神々の要望に屈せねばならんのだ!!」


「しかし、ミトラの脇侍神が起こした戦です」


「知るか!脇侍神ごときに引っ掻き回される地上の神の弱さが悪いのだ!」


 ハーデスは内戦の事を棚に上げて使者を侮辱する。


「嘆願を無視すれば冥界の尊厳が地に堕ちますよ!」


「うるさい!帰れ!誰か、バイデントと塩を持って来い!!」


「えぇっ!」


 怖じ気付く使者を尻目にハーデスは嘆願書を丸めて口に入れる。


(こんな物、冥皇の目に触れさせぬわい)


「おいハーデス。今口に入れた物を吐き出せ」


 騒ぎを聞き付けて正門にやって来たサリエルはハーデスの首を絞めて嘆願書を吐き出させようとする。


「首の骨が折れようとも吐き出しません!」


「いいから出せ!!」


 サリエルは強引に口をねじ開けると、嘆願書を摘まんで内容を確認した。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 合戦に対する賠償を冥皇に請求する嘆願書


 冥皇サリエル陛下


 この度の合戦に生じし損害はルシフェル殿とミカエル殿の主神たるサリエル陛下が賠償を成すべきである。


 つかば、捕虜の処刑、ならびに断罪として地上の神々への謝罪を誠心誠意サリエル陛下には担って頂きたく嘆願を提出する。


 地上の神々一同

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