第58話ベリアルの最期

 冥界に戻ったベリアルはエレシュキガル女王の領地から冥皇の領地を目指し、戦車を颯爽と走らせる。


 その頃には、ハーデスの圧力により冥界のどの国々も休戦を強いられ、戦の後始末に追われていた。


 それでも冥界の兵士達は敵国の監視を怠らずに警戒し、程好い緊張感の中で昼食を取っていた。


「ナムタル様!何者かが関所を突破しようとしています!」


 エレシュキガルの腹心であるナムタルの眷属がベリアルが戦車を走らせ冥皇の領地に侵入しようとしているのを見つける。


「あれは、ルシフェルの側近だな。何故奴は、今頃冥界へ戻って来たんだ?」


「どうします?冥皇の領地へ入れたら大問題になりますよ」


 既に冥皇の寵愛は薄れ、周りの国々からも嫌われ孤城落日となっているエレシュキガルの国。

 元はと言えば、冥皇の兄が全ての原因を作ったのだ。


 ナムタルの心に沸々と今までの恨みが沸き上がる。


「放っておけ。今頃取り成してももう遅い。直にこの国は召し上げられ無くなる運命だ」


 ナムタルはせめてもの仕返しとしてベリアルに向かって火矢を放つ。

 戦車に当たった火矢は少し残っていたタールに引火し瞬く間に燃え上がってしまった。


(構わぬ!冥皇の元までもってくれればいい)


 ベリアルは気にせず何度も馬に鞭を打ち戦車を走らせた。


 途中、冥皇の近衛兵に矢を射たれても構わず戦車を走らせる。


 その執念は凄まじいもので、冥界の屈強な強者共も攻撃を忘れてしまう程だった。


 しかし、真の強者には気合いだけでは敵わない。


 冥皇の主要な領土に繋がる石門の前で、ハーデスがバイデントを持って待ち構えている。


「炎の戦車で舞い戻るとは中々キザな男よの」


「頼むハーデス!そこを通してくれ!!」


 ハーデスは二又に分かれたバイデントをベリアル目掛けて奮う。空間を切り裂く冥界の神器は敵の侵入を許さない。


 バイデントがじかに当たらなくとも、ハーデスが描いた孤はベリアルの腹を二又に裂き血しぶきを撒き散らす。


 ベリアルは戦車から投げ落とされ痛みで動く事が出来ない。


 それでもベリアルは諦めず、立ち上がり石門を目指し歩いて行く。


「頼む、冥皇に合わせてくれ......」


 腸が露出して、歩く度に血が吹き出る。

 ベリアルがハーデスに手を伸ばすとバイデントの無慈悲な一撃が足を切り裂く。


「ぐっ......」


 ベリアルは左手だけになろうとも、血を吐こうとも、一生懸命這って前に進もうとする。


 そんなベリアルにもハーデスは無表情で見下し容赦はしない。


「冥皇とそなたの間に、何の調和があると言うのだ」


 ハーデスはもう虫の息と化しているベリアルの首をバイデントに挟み込む。


 冥界の力を借りる事はもはや望めない。


「冥皇......最期に一目だけでもあの方に......」


 ハーデスはバイデントを捻り、ベリアルの首を跳ねる。

 最期の最期までルシフェルに忠実だった彼の消滅。


 金剛石の妖精として意思を持ち、地上で力をつけた端麗な天使の最期。


 ハーデスはバイデントの間に挟まる大きな金剛石を拾い上げて、遥か遠い彼方へ投げ飛ばした。

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