第57話メキドの丘の戦い

 先程まで吹いていた強い東風が南風に戻った。

 煙が上昇を止め南に流れると、ルシフェルの軍勢は次々と飛び上がり、総統を追って南下する。


 ミカエルの策略にはまり、半分以上の天使達が消滅してしまった。


 それでも天使達は、1人前戦を離脱したルシフェルを守るために彼を追う。


「ベリアル様、そのお身体で戦うのは無理です!離脱してください!!」


「駄目だ!総統はミカエルと一騎討ちする気だ!」


「ルシフェル様がミカエルに負ける訳がありません」


「今のあのお身体で一騎討ちさせるわけにはいかない!」


 飛び火した炎で翼が焦げ、利き腕を削がれてしまったベリアル。

 総統を守るため最後の力を振り絞って上空を飛ぶ。


 飛び立った天使達は、火の壁の裏に居るミカエルに誰1人として気付かない。


「私もそろそろ彼の元へ参ろう」


 ミカエルは上空を飛ぶ敵の後を追う。おそらく、その先に兄が待っている。


 暖かい向かい風が吹く干ばつ地帯、松明の炎で照らされた船が何隻も死海に浮かんでいた。


 一足先にミカエルの新たな拠点に着いたルシフェルだか、弟の姿が無い事を訝しむ。


(すれ違ってしまったか......)


 ルシフェルは更に南下してミカエルを探す。


 途中、ガリラヤ湖に近い丘の上に舞い降りると望遠鏡を覗き辺りを見回した。


(待っていればいずれ姿を見せるだろう)


 ルシフェルが舞い降りたのは、かつて沢山の国々の戦場と化した【メキドの丘】。


 最期の戦い、弟との一騎討ちを行うには申し分ない場所だ。


 ミカエルもこの丘の事は良く知っている。待っていれば必ず弟に合間見える。


 シディムの谷に開けた冥界への入り口は既に閉じられ、鍵はベリアルに破壊するように命じている。


 エンディングの準備は全て完了した。


(この戦に冥皇を巻き込みたくは無かったが......)


 冥界の王が裏でミカエルに加勢しているのも知っている。


 この戦が負け戦となる事も知っている。


 既に暗闇に包まれ、美しい月が頭上を照らしているが、休戦を報せるラッパの音は聞こえない。


 両軍とも今夜中には決着をつけるつもりで最後の戦場へ向かっているのだ。


(冥界はそろそろ夜が明けるか......)


 ルシフェルは頭上の月を見上げ己の故郷を思う。


(弟は目を覚ましただろうか......)


 新冥皇が目を覚ましたのはルシフェルが地上に戻った3日後の朝だった。


 宮殿の外では大砲の音が鳴り響き、振動で調度品がカタカタと細かく揺れる。


「この音は何だ?」


「陛下、目を覚まされましたか?」


「ハーデス!この音は何かと聞いている!!」


 サリエルは頭痛と、長い事眠らざる負えなかった苛立ちからハーデスを怒鳴りつける。


「エレシュキガルの国が地上との補給路を断たれ立ち行かなくなり、冷戦を解除したのです」


 サリエルは悲しそうな顔をしてハーデスを見つめる。


「何故に、こうなる前に支援してやらぬのだ......」


 サリエルは身体に力を入れ、何とか起き上がろうと必死に試みる。


「無理はいけません」


「体を支えてくれ。外の様子が見たい」


 ハーデスはサリエルに肩を貸し、窓辺へ誘導する。


「ハーデス、私も戦場へ参る。鎧を用意してくれ」


「なりません!そのお身体で何が出来ると言うのです!!」


 ハーデスが声を張り上げると、それに反発するようにサリエルは痛みを必死に我慢して1人で部屋を出て行こうとする。


「止めてください!お願いですから!!」


「嫌だ」


「ああ、もう!分かった、分かりました。私がどうにか休戦するよう要請しますから!!」


 ハーデスはサリエルをベッドに戻すと急いで部屋を出て行った。


 サリエルはもう一度身体に力を入れて起き上がると壁を支えにしてゆっくりと玉座の間に向かう。


「浄玻璃鏡よ兄達の様子を映し出してくれ」


 浄玻璃鏡はサリエルの指示に従い、今地上で行われている大地を震わせるような凄まじい合戦を映し出した。


 南下したルシフェルの軍勢に追い付いたミカエル軍は、槍や剣を奮い勇猛果敢に敵軍に向かって行く。


 地面だけではなく、死海や上空でも熾烈な戦いが繰り広げられ、地面に散らばる空の鎧が犠牲者の数を物語る。


 ルシフェルが呼び寄せた南アジア属国の駐留兵はやっとこの頃になって前戦に合流し、少しばかりルシフェル軍の勢力が回復した。


 死海付近にはミカエルもルシフェルの姿も無い。


 ミカエルは、己の拠点を無視して更に南下する天使達を追い、【メキドの丘】の麓まで来ていた。


 麓では、ルシフェルの軍勢約1000柱の天使達がルシフェルを守るためにミカエルと闘っている。


「退け、手負いのそなた達では役不足だ」


 ミカエルはルシフェルの軍勢をたった1人で蹴散らして丘の上をゆっくりと登って行く。


「奴を絶対に総統に近付けるな!ミカエルはたった1人だ!!怯むな殺せ!!」


 ベリアルは涙を流しながら兵士達に命じ、自らも剣を手にミカエルに挑む。


 しかし、利き腕を失ったベリアルはミカエルに一瞬で地面に叩き付けられ踏みつけられる。


 それでもベリアルは総統を守るためにミカエルの足にしがみついて離そうとはしない。


「確かルシフェルの男娼だったか?随分と醜い姿に堕ちたものよ」


 ミカエルはベリアルがしがみついた足を思いっきり高く上げると勢い良く振り落とし、ベリアルをもう一度強く地面に叩きつける。


「ぎゃっ!!」


 ベリアルが手を離し痛みに悶えていると、更にミカエルの力強い蹴りが直撃する。


 丘の麓まで真っ逆さまに落とされ、酷い痛みに暫く動けなくなったベリアルだが、最後の力を振り絞り立ち上がる。


「まだきっと間に合う。あの人に頼るしかない」


 ベリアルは、胸に掛けていた冥界の鍵を握りしめ近くに待機していた戦車に乗り込んだ。


(急ぐんだ冥界へ......あの方が尤も愛している方の力を借りるんだ)

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