第53話ミカエルの神巡り

 まだ皆が寝静まっている夜明けの少し前、ミカエルは神々の軍勢が待機しているテントを順に訪れた。


「夜明け前に申し訳ない。ここにアレース殿がいらっしゃるだろう?お目通り出来ないか?」


 ミカエルが最初に訪れたのはオリュンポスの神々が待機しているテント。

 護衛にオリュンポス軍の大将であるアレースとの対話を頼む。


「こんな早朝にミカエル殿が訪ねてくるなんて」


 アレースはオリュンポス一の怪力である。


 単純な力ではミカエルを凌駕し、戦の神として地上で信仰を集めているが、好色で短気で考えが浅いのが玉に傷な一柱だ。


「起こしてしまって申し訳ない。しかし、今日の合戦が始まる前にどうしても頼みたい事があるのです」


 ミカエルは、今日の合戦に使う戦略をアレースに話す。考えに考えた末の戦略。

 アレースはその戦略を聞くと、眉間にシワを寄せてミカエルに詰め寄る。


「それは、私の知能が低いと言っているのか?ハーデス様の頼みだから嫌々ながらも貴方に力を貸そうと集まったのに。そんな屈辱を受け入れろなんて」


 ミカエルは必死に頭を下げて頼む。あのミカエルが、地上の神々に畏れられるミトラの脇侍神が深く深く頭を下げ懇願している。


「失礼な事とは百も承知、しかしルシフェルを討つ戦略がこれしか思いつかぬのです。貴方の力が頼りなのです」


 アレースはミカエルの必死な姿に少し溜飲が下がる思いがした。あのミカエルが自分を必要とし、すがっている。


「......分かった。貴方の言う通りにしよう。しかし、負け戦は許さない」


 アレースは息子のエロースに今後の軍の指揮を委ねるとミカエルと共にテントから出て行った。


 ミカエルが次に訪ねたのは、エジプトの神々が待機しているテント。


 彼等は昨日の合戦でも、ルシフェルの策略に嵌まらず、ミカエルの指示に最後まで従ってくれた。


「朝早くに申し訳ない。そちらの軍に所属しているコンス殿に頼みたい事がある」


 コンスは、エジプト神軍の少尉である。彼は名声さえ低いものの、風を操る術に長けている。


 ミカエルは、エジプト神軍の大将にコンスを借りたいと申し出る。


「私達は、同胞の王女の仇を討つために貴方の元へ参ったのだ。本音を言えば貴方あなたがた兄弟、勿論冥皇を含めて仇と言ってもいい位なのだ。それでもオシリス様が地上の平和のために貴方に力を貸せと言うから嫌々ながらも貸しているのだ。貴方にコンスを貸して、必ず地上に平和をもたらせるか?コンスの命を保障出来るのか?我々はこれ以上同胞を貴方達兄弟の犠牲にしたくないのだ」


 ミカエルは、兄と弟がエジプト神達に深い傷を負わせた事を初めて知った。


「その王女のためにも力を貸して欲しい。必ず傲慢な兄を討ち、弟には償わせるから」


 ミカエルはアレースの時よりも深く深く頭を下げる。


 エジプト神の大将はそんなミカエルを見て薄ら笑いを浮かべる。


(冥界の皇帝に償わせるのは王女の命だけでは無い。この戦の火蓋を落としたのは冥界。例え冥皇自身が望んでいなくても代償は冥皇に払ってもらう)


 大将はコンスを呼びつけると、ミカエルに従うように言い聞かせる。


「ありがとうコンス。貴方の事は私が命をかけて守る。だから恐れずに私に命を委ねてくれ」


 ミカエルはコンスを手に入れると、足早にインドの神々が待機するテントに向かう。


「待っていましたよ」


 既にオリュンポスやエジプトの神々が、ミカエルが訪ねまわっている事を伝えたのだろうか?

 インドラがテントの前で待っていた。


「インドラ様、貴方に従う神々の中で選りすぐりの強者達を私に委ねて欲しい」


 インドラは優しく微笑みながらミカエルを抱きしめた。


「私が貴方の頼みを断った事がありますか?私は何時もあなた方兄弟の味方です」


「ありがとうございます」


「でも忘れないで、戦の代償は尤も地位のある者が払うという事を......」


「分かっています」


 この日ミカエルは、戦の開始をしらせるラッパの音が鳴り響く直前まで地上の神々を順に周り、力を貸してくれと頭を下げ続けた。

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