第46話兄との別れ

 冥皇の寝室。サリエルは大きなベッドで【ミトラ】の痛みに耐え、うなされている。


 ハーデスとルシフェルは枕元に座り、サリエルの様子を見ていた。


「私も母からミトラを授かって暫くは痛みでうなされたものだ。冥皇に痛み止めの薬は与えないのか?」


「痛みに耐えてこそ真の冥皇だ」


 ルシフェルはハーデスの顔を真剣な面持ちで見つめる。


「なんじゃ?」


「暫く、ほんの10分程でいいから弟と二人きりにしてくれないか?」


「それは出来ない」


「危害は加えない。何なら契約を交わしても構わない。この通りだ......」


 ルシフェルは頭を下げてハーデスに懇願する。


 100年以上の間、ミトラの毒に暴露され続けたルシフェルの体は限界を迎えていた。今はまだ化粧や麻薬の力を借りて美しさと正気を保ってはいるが、役目を終えた脇侍神の命は儚く脆い。


「よかろう、10分だけだ」


 ハーデスはそう言うと冥皇の部屋を後にした。


「弟よ、痛みで辛かろうが耳は聴こえているだろう?」


 ルシフェルはサリエルの手を取って優しく語りかける。


「きっとこれが私がお前に残せる最後の言葉となるだろう。憎い兄のざれ言と思うかもしれんが私の胸の内を聞いてほしい」


 サリエルは少しだけ目を開けたが、また直ぐに苦悶の表情を浮かべて目を閉じる。


「最初は確かに冥界を混乱に陥れ、お前を操り混沌とした世界を創るつもりだった。でも、今日の美しく気高いお前を見てしまったら決心が揺らいでしまったよ。既に大分だいぶ引っ掻き回してしまったが、お前ならまた直ぐ平安な世界に戻せるだろうよ」


 ルシフェルは握った手を己の頬に寄せる。


「大好きなお前が居る世界を虚無に還すのは止めた。お前はミカエルと殴り合いの喧嘩をしたのだろう?仲間外れにした仕返だ。お前はこの世界で神様らしく、地上が兄弟達の喧嘩で壊されて行く様をただ黙って見ているがいい。夢見た理想とは若干規模が小さいが、残された時の限り全力で暴れてきてやるよ」


 サリエルに反応は無い。


「もし、気に入らぬなら地上にミトラを投げ落としてもいいぞ」


 ルシフェルは笑いながら語る。


「己の理想の実現を、誰かに頼もうなど間違っていたよ。私は私なりに理想を掲げて戦う。お前は怒るだろうがね......」


 約束の10分が迫る。


「お前は、その眼で人の心を読む事も出来るのに最後まで私の心を見てくれなかったね」


 ハーデスが扉をノックする。別れの挨拶はこれで終わり。


「愛してるよ。本当に心から......」


 もっと沢山話したい事があったけれど、彼にはもう時間が無い。


 ルシフェルは弟の頭を撫で、ハーデスに一礼し戦地へと旅立った。

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