第45話サリエル帝

 ミカエルがルシフェルに反旗を翻した情報は、間も無く冥界側にも伝えられた。


「ハーデス様、この状況で戴冠式を執り行うつもりですか!?」


「何、むしろこちらとしては好都合よ。戴冠式が済めばカウティスは勝手に出て行くだろ」


「......もしかして、あなた方が仕向けたのですか?」


「ワシは運が良いだけだ。取り敢えず、この事はサリエル皇子の耳に入れぬように注意せよ」


 ハーデスは戴冠式の行われる会場で従者達と出席者の再確認をしている。


「大分少ないな......」


 戴冠式に出席する王の数は僅か12柱、実に冥界の3分の2の王が欠席を表明した。


 サリエルは自室で従者達に取り囲まれ、体を清め髪をすき、金刺繍の入った美しい冥皇の衣を着せられた。


「夢で見た衣装より豪華で重いな......」


「何か言いましたか皇子?」


「何でもない」


 全ての準備が整い、サリエルが部屋を出ると、廊下でルシフェルが待っていた。


「何と神々しくてお美しい事か、まさしく貴方はミトラの栄光を受け継ぐ神の御子です」


「貴方はその衣装で出席するおつもりか?」


 ルシフェルは本来冠を渡す側が着る司祭服ではなく、金の小札こざねをふんだんに重ねた黄金に輝く鎧に身を包んでいる。


「これが私が一番輝ける衣装なのです。貴方に見て頂きたかった」


「......そうですか」


 サリエルはルシフェルにただ一言声を掛けるとマントを翻して会場へ向かった。


 会場には既に到着した12柱の王と、宮殿に仕える神々達が揃い、新しい冥界の皇帝を心待ちにしている。


 サリエルが玉座の前に立つと出席者は一斉に立ち上がり新しい皇帝の顔を目に焼き付けた。


 戴冠式は静寂の中、しめやかに進行し【ヌトの指輪】以外の6種の神器が次々とサリエルの前に運ばれて行く。


 最後の神器は、以前のサリエルがあんなに恐がっていた【ミトラ】。


 玉座に鎮座する未来の冥皇には、もう恐怖の色は感じられず、ただただ神々しいたたずまいで真っ直ぐ前を見据えていた。


「この冥界の神々から、草木や砂の一粒に至るまで、全てが貴方様のモノであり貴方様自身です」


 ルシフェルは決められた台詞を冥皇に贈る。


「貴方様は我々のために想像を絶する痛みに耐え忍び、我等が生きるための糧を与え、罪さえも責務として背負われる。貴方様こそが全知全能の神にして全ての父。我々は一生貴方を愛し敬い、共に歩む事を誓います。父と子と聖霊の御名において......アーメン」


 全ての台詞を終えるとルシフェルは自分の頭に載せられていた冠を両手で掴んで外す。


 あんなに外れなかった冠がいとも簡単に外れた事に内心少し驚いた。


「どうぞ、ミトラをお受け取りください」


 ルシフェルがミトラを持ってサリエルの近くへ歩み出すと、サリエルの体を従者達が支える。


 未来の冥皇は頭を少し下げ、冥界の皇帝となる事を承諾した。


 サリエル帝の誕生である。


 皇帝に継承された黄金のミトラは、待ってましたとばかりにサリエルの生気を勢いよく取り込む。


 辛く重たい【茨の冠】


 先祖代々背負ってきた責務、縁者達が己に向ける期待、その場にいる全ての者の羨望の眼差しがおもしとなってのしかかる。


「サリエル皇帝万歳!新冥皇万歳!!」


 先程まで静寂に包まれていた空間に新冥皇を称える言葉がこだまする。


 サリエルが持つ戴冠式の記憶はここでおしまい......。


 玉座のカーテンが閉じられると同時に新冥皇は暫くの眠りについた。

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