第40話死者の書4

 事件が起きたのは、戴冠式が4日後に迫った夜だった。


「何だと!死者の書が切り取られているだと!!」


「はい、月の運航の章だけ刃物で綺麗に切り取られているそうです」


 これから己の領地に帰ろうとしていたオシリス。息子のホルスが保管庫の鍵を閉める前に神器の最終確認をしている時に見つけた。


「今すぐ、保管庫の管理をしていた者を全て呼び戻せ!」


 既に日が変わろうとしていた静かな宮殿にオシリスの怒鳴り声が響く。


 ホルスは脂汗をかきながらマスターキーを借りにサリエル皇子の部屋を訪ねた。


「何だホルス、トラブルか?」


「はい、マスターキーをお貸しください」


 寝間着姿で出て来たサリエルはホルスのただならぬ様子に急いで金庫から鍵を取り出す。


「私も神器を確認しよう」


 死者の書の事をホルスから聞いたサリエルはマスターキーをホルスに渡すと走って保管庫に向かった。


 途中、今夜の遊び相手を2人連れたルシフェルに出会でくわしたが無視して通り過ぎる。


「あれがカウティス皇子がよく話している月の皇子様?」


「綺麗だろう?私など足元にも及ばぬ力を持っているのだ」


「確かに月の様に美しい皇子様だけど、所詮まだ男として機能してるか分からない子供でしょ?つまらないわ」


「でも本当に綺麗だわ、いつか色々教えて差し上げたいわ」


 ルシフェルはにっこり微笑むと通路の窓を開け、2人の女を同時に両手で持ち上げて窓から勢いをつけて放り投げた。


「オシリス!死者の書を見せろ」


 保管庫に着いたサリエルはオシリスと一緒に死者の書を確認する。


「いったい誰が何のために......」


 サリエルが保管庫に入って暫くすると、ホルスがマスターキーを使って呼び戻した従者達が眠気眼ねむけまなこで次々と集まってきた。


「あ~んもぅ!何ですかねオシリスさんよ!!」


「ハーデス殿、貴方も一応戻って来たか」


「夜中に城門で、参内するしないと従者が騒いでいたらそりゃ城主も起きちまうわい!」


「取り敢えず皆、死者の書を見てくれないか」


 集まった従者達が皆で死者の書を取り囲む。


「誰じゃーーー!ワシの宝物に傷をつけたバカ者はーーー!!」


「静かに!それに貴方の物ではない。うちの家宝だ」


 大声を上げるハーデスにオシリスが注意する。


「皆の者、見ての通り何者かによって神器の一部が盗まれた。心当たりのある者は今なら大事にしないから名乗り出てほしい」


 サリエルが集まった者達に語りかける。皆誰一人として名乗りでない。


「戴冠式までもう時間が無い。切り取られた箇所さえ返ってくるならば恩赦を与えてもいいと思っている」


「甘いですぞ!皇子!!」


「ハーデス......」


「神器を傷付けた者は、通常なら打ち首。皇子がゆるしても、もし罪人が私の国の者なら改めて私が裁きます。他の国の者なら、その国に圧をかけて牽制けんせいします」


 ハーデスは唾を飛ばしながら従者達に怒鳴り散らす。


「アニ......」


 ハーデスの近くに居るアニの顔が青冷めている。

 ネプトゥはアニの事が心配で仕方がない。


「私はサリエル皇子の言う通りにするべきだと思うね」


(あ~、面倒なのが出て来た)


 保管庫に入って来たルシフェルを見てハーデスが舌打ちをする。


「おやカウティス皇子、今夜はもう頭打ちですか?倫を絶する貴方が珍しい事で」


 ルシフェルはハーデスの嫌味を聞き流し、サリエルに自分の上着を掛ける。


「寝間着では寒くありませんか」


 サリエルはその上着を、同じく寝間着姿だったハーデスに掛け直す。


「もう一度聞く、何か知ってる者はいないか?」


 サリエルが皆の方に向き直り、もう一度聞き直すとネプトゥがゆっくりと手を挙げた。


「ネプトゥ、そなた何か知っているのか?」


「数日前にカウティス皇子の天使が月の運航の章に関する事を話していました」


「ほう、兄の従者が?」


「月の運航の章には、ミトラ神の心を奪うヒントが書かれていると話していました」


 ネプトゥの方を見て、今度はルシフェルが口を開く。


「では、そなたは私の天使達が月の章を盗んだと言いたいのか?」


「ただの可能性でございます」


 ネプトゥがルシフェルを睨み付ける。


「サリエル皇子、私は貴方の乳兄妹に大切な僕達しもべを辱しめられ悲しゅうございます」


 ルシフェルは悲しそうな顔でサリエルを見つめた。


「しかし、疑惑を向けられたままで何もせぬのは情けない事と思います。解決のため宮殿内に居る天使達の取り調べを冥界の従者に委ねましょう」


「いいのですか?天使達は反発するのでは?」


「貴方の信頼を得るためなら私は何でもします。私は貴方の兄であり脇侍神ですから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る