第39話死者の書3
【ミトラ(冠)】【ワズラ】【浄玻璃鏡】【死者の書】【バイデント】【ヌトの指輪】【焔の剣】は、冥界の宝であり冥皇の戴冠式に欠かせない7種の神器である。
普段は指輪や鏡を除いて各国の王の手元にあるが、戴冠式の直前には全ての神器が冥皇の宮殿に集まる。
「指輪をカウトパティスに渡してしまったのですか!?」
ハーデスがサリエルを追いながら声を張上げる。
「別に1つくらい無くても変わらんだろ」
「そんな......不完全なんて不吉ですぞ」
戴冠式直前まで【ヌトの指輪】をミカエルに渡した事を忘れてたサリエル。
こんな御時世だからこそ完璧な戴冠式を開きたかったハーデスは皇子が儀式を軽んじている事に失望する。
「一億年ぶりの戴冠式なのに......」
記録では、神器が全て揃わない状態で戴冠式を行ったのは悪名高きカオス帝のみである。
「サリエル皇子、不完全な冥皇にはならないでくださいよ」
「心配しすぎだ。ならばやはりミカエルも呼ぶか?」
「絶対に阻止します!!」
ハーデスはルシフェルが地上に出した手紙に検問を敷いている。勿論都合の悪い内容の手紙は破棄する。
「カウティスみたいなのが2匹も居たら私の身が持ちません!」
「仮にも冥界の皇子に対して酷い言いようだな」
そのカウティス皇子ことルシフェルだが、彼は最近新しい遊び相手が出来たようで頻繁に神器が保管されている倉庫を訪ねていた。
「また、カウティス皇子が来てるよ」
倉庫で神器の洗浄を行っていた侍従が不満を漏らす。既に6つの神器が返還され、数人の侍従により洗浄作業が行われている。
「アニちゃん、今夜は空いているかな?」
ルシフェルは倉庫の掃除をしていたアニの腰に手を回しながら甘い声をかける。
「ここ数日ずっとこれだよ。アニも満更でもなさそうだし、気が散ってたまんないよ」
「仕方ないさ、カウティス皇子が口説いて落ちない女なんか居ないだろ」
「しかし何故アニかね?」
「高級ステーキばかりで、たまには野菜ジュースが飲みたくなったのさ」
「おいおい、ここでおっ始めないでくれよ」
侍従達は小声で話しながら作業を進める。少し離れた場所でネプトゥが悲しそうな顔でルシフェル達を見ていた。
「ネプトゥ、二人の事は気にするな」
ホルスがネプトゥの肩を叩いて励ます。
アニはルシフェルと親密になってから変わってしまった。一言で言うなら堕落したと言う表現が相応しい。
アニが1人で宮殿の通路を歩いている時に、一度だけ警告した事がある。
「アニ!カウティス皇子と付き合うのは止めてよ。不幸になるわよ」
呼び止めるネプトゥにアニは振り返りもせずに言った。
「知ってるわよ」
「カウティスは貴方を愛してるわけじゃないわ!程のいい遊び相手じゃない!!」
「知ってるわよ......」
ミトラの力を少しばかりは受け継ぐルシフェル。アニを本気にさせる事などわけはなかった。
「貴方は良いわよ、冥皇は誰のものにもならないから」
歴代冥皇に結婚をした者は居ない。アニが言っているのはサリエルの事である。
「いつかカウティスは離れて行くのよ」
ネプトゥが悲しそうにアニに訴える。
「......知っているわ」
アニは小走りで4階のバルコニーまで行きベンチに腰をかける。
ルシフェルが悪い男だと解っていても恋しくて恋しくてたまらない。
自分の側に居ない時は、他の女を抱いているかもしれない。切なくて切なくて涙がこぼれる。
「お嬢さん、泣くのは止めなさい」
顔を上げると金髪の端正な顔立ちの天使が顔を覗いている。たしか、ルシフェルの側近でベリアルとか言っていた。
「分かりますよ、その気持ち」
「お願い。カウティス皇子には内緒にして」
「内緒にしますとも、私達は同士です。私にも恋い焦がれている人が居ます」
「貴方にも?」
「はい。しかし、その方の頭にはいつも別の人が居るのです」
ベリアルはアニの涙を拭いてやるとアニの隣に座った。
「貴方は確か神器の管理をしていましたね」
「はい......」
「死者の書には、月の運航に関する章にミトラ神が子を成す方法が書かれているはず。貴方は読んだ事があるか?」
「難解な古代文字で書かれているので私には分かりません」
「私なら読める。そこには人に恋をし、子を成した哀れなミトラ神の記録も残されているのです」
「そんなミトラ神が居たのですか?」
「一体、人はどの様にしてミトラ神に恋をさせたのか?貴方の望む未来へのヒントが隠されているかもしれない」
ベリアルはアニに笑いかけて、更に続ける。
「私は何時もこの時間にここで瞑想をしている。また会いましょう」
ベリアルはアニと握手を交わすとバルコニーから飛び立ち隣の塔に移った。
石柱の陰からネプトゥが二人の会話を聞いている。アニの恋を絶対に成就させてはいけない。
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