第37話死者の書2

 戴冠式が10日後に迫ったある日の早朝。オシリスの娘であるネプトゥと、ハーデスの従者であるアニが【死者の書】を開いて何やら話し込んでいる。


 オシリスの家の家宝である【死者の書】は、先代ミトラ神から下賜された物で、回収した魂の処理方法や転生のさせ方、月の運航についての秘密や、冥界の史実等が美しい挿し絵とともに書かれている。


 冥界にとっては国宝級とも言える宝であり、戴冠式の儀式に使う神器の一つでもある。


 ネプトゥは、親友のアニと共に【死者の書】の洗浄を行っていた。2人は手袋をして、刷毛で1ページずつ丁寧に埃を払う。


「素敵な絵ね、誰が描いたのかしら?」


「とても偉い神様らしいわ」


「破かないように気を付けなくちゃね。他の神器の洗浄もまだまだ残っているのに、緊張で手が震えるわ」


 二人の会話を物影でこっそりと天使達が聞いている。冥界の宝、戴冠式に必要な神器に何かあれば更なる混乱を招く事が出来るだろう。


「ふ~ん【死者の書】ね」


 昨夜も美女を何人か寝所に連れ込みお盛んだった様子のルシフェル。天使達から【死者の書】について聞かされ興味を持った。


「確かオシリスの家の家宝で、宮殿にある間は神器はハーデスの侍従達が管理しているはず」


 ルシフェルはあわよくば【死者の書】を利用し、ハーデスとオシリス両者まとめて陥れられないかと考える。


「ねえ?何を考えていらっしゃるのカウティス皇子?」


「何って?朝食の子羊をどの様に料理して食べようかと考えているのさ」


「やだ~」


 ルシフェルは天使達に【死者の書】についてもっと調べて来いと指図するとまた遊びに興じる。


「最近の総統の女遊びと酒は酷いな」


「弟達には全く女気が無いのにな」


「元々浮わついた所はあったが、昔はもっと節度があり真面目だったんだ。一時期体調を崩してからだんだん人が変わった様になったのよ」


「そういやずっと頭痛薬飲んでるな」


 部屋を追い出された天使達が愚痴を溢す。最近のルシフェルは、相変わらず美しいものの若干顔色が悪く、霊的な力も衰えている様に思う。


「でもよ、自分を好きになってくれた女に、あんな仕打ちしなくてもいいのにな」


「本当に......総統がこんな事をしているなんて主は知っているのかね?」


 天使達が出て行った後のルシフェルの部屋、ミトラの毒が付着したナイフで胸を刺された女達が苦しみ喘ぐ。


「醜い豚共だな。冥界も地上と余り変わらん。虚無に還さねば安住の地は手に入れられぬ」


 冥界にはもうすぐ長い冬が訪れる。本来なら春先にかけて順番に休暇を取り、暖かい地上でバカンスを過ごす神々が増える時期だが、地上と冥界共にルシフェルの所業のせいで神々の往来が激減してしまった。


 冥界と地上の往来が減る一方で、ミカエルの元には終日何柱もの神々が嘆願や苦情に訪れ、静寂な【主の神殿】はもはや昔の事となった。


「ミカエル殿、我国の民はあなた方に課せられた税で首を跳ねられようとしている。天使達が草木を狩り、海の幸を狩り、若い精霊を労力として狩っていく」


「我国では、美しい女神達が冥皇への献上物として連れて行かれたが、まだ男として機能するかも分からぬ麗若い冥皇がそんな事望むかね?本当は天使達の慰みものや奴隷とされているのではないかね?」


「我国では採石を強要され、とうとう神殿の石柱まで奪われてしまった。山の草木も全て奪われ、土砂が人の里を呑み込み沢山の犠牲者が出てしまった」


 地上の神々は神殿の前に佇むミカエルに口々に苦情を言う。


「もし、貴方がこれ以上ルシフェル殿の肩を持つなら、私達は死を覚悟で戦わねばならない。このままでは永遠に飢えに苦しめられるのだ」


「我等兄弟に戦を仕掛けるというのか?」


「兄上の所業は、本当にあなた方が信じ敬う主の望みかね?貴方なら冥界を下すために我等属国の民を犠牲にしたか?」


 ミカエルは表情を変えず神々を見据える。


「貴方が只の闘神だったのは遥か昔の話。ルシフェル殿が冥界入りする前は私達が困っている時に、貴方は兄上に内緒で沢山の援助をしてくれた」


「私達にとっての主は貴方だ。私達は貴方におすがりするしかないのだ」


 相変わらず表情を変えないミカエル。少しの間だけ静寂の時が流れる。


「あなた方は、私に兄を討てと言うのか......」

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