第34話エレシュキガル女王の失態

 冥界の宮殿では、もはやハーデスの監視など気にせずルシフェルは好き勝手に行動し、我が物顔で振る舞っていた。


 あろう事か、小国の女王エレシュキガルが、ルシフェルと親密な関係になり宮殿の鍵を渡してしまったのだ。他国の鍵は流石のハーデスも書き換えが出来ず、宮殿内のカーストは崩れ、ハーデス派とルシフェル派が対等に争う様になってしまった。


 女王の鍵を自由に使えるようになったルシフェルは、宮殿の倉庫や金庫を勝手に開け宝物を持ち出したり、食料を地上に待機している天使達に仕送りしたりやりたい放題だった。


 冥界の国々もルシフェルの言う通りに上納金を大幅に減らし、軍備費や貴族達の贅沢に使った。


 出来るだけ戴冠式の時期を伸ばし、サリエル皇子の負担を少なくしようと考えていたハーデスだが、ここまでかき乱されては潮時である。


「そろそろサリエル皇子にご帰還頂くしかないか?」


「皇太子が帰って来てもカウティスが冠を素直に譲るかね?」


「それは大丈夫だ、そろそろ痛み止めの耐性がつき始める頃よ」


「確かに飲む間隔が狭まっているな」


「冠さえ奪還したら奴は用済み。しかし小国の馬鹿共が厄介よの」


 ハーデスとオシリスが閻魔王の前で相談している。


「ほら、噂をしてたら本人の登場じゃ」


 閻魔王がルシフェルに気付きハーデスの背中をつつく。

 この日もルシフェルは女王と一夜を過ごした様で朝帰りだ。


「ハーデス、ちょっといいか」


 ルシフェルはハーデスを手招きして呼び寄せる。


「いつもの薬をくれ」


「昨日の朝に20錠は渡した筈だが」


「みんな使った」


 ハーデスはポケットから新しい薬を20錠渡すと従者に水を持って来るように指示を出した。


「ところで、そろそろサリエル皇子に帰って来て貰おうと思うのだか」


「おおっ!どう言った風の吹き回しだ」


 眠そうなルシフェルの顔が一瞬で明るくなる。


「皇子は私に似ているか?好きな食べ物はあるか?身長や体格はどの程度か?髪の色は?」


 ルシフェルは矢継ぎ早に質問する。


「嬉しいかね?」


「生き別れの弟に会えるのだ。戴冠式にはミカエルも呼ばねばな」


「ほう、冠は素直に譲るとな?」


「当たり前だ!」


 ルシフェルは手を叩いてガッツポーズを取ると足早に自分の部屋へ向かった。


 さて、ルシフェルと関係を持ってしまったエレシュキガル女王の国だが、ルシフェルが配下に置いている地上の国から新鮮な農産物や魚介類を安く大量に仕入れ、隣国のアイタ王の国やオルクス王の国など多くの国々に輸出していた。


 エレシュキガルが輸出した食料品は、冥界のどの国の物よりも高品質で安く、輸出先の産業を圧迫し各国で次々に規制される事となった。


 安くとも大量に地上から仕入れていたために財政が立ち行かなくなったエレシュキガルは、ルシフェルに泣き付き知恵を授けて貰う事にした。


情事が済んだ広いベッドで余韻を楽しんでいると、エレシュキガルが突然シクシクと泣き出した。


「カウティス皇子、お願いです。輸入品の掛の支払いをもう少し待って下さいませんか?」


「待つのは良いが、既に輸入した物の処理はどうする?」


「どうしたら良いのでしょう......」


 自分の胸の中に埋まりシクシクと泣く女王にルシフェルは内心面倒くさくてたまらなかった。


「売る所は別に国でなくても良いではないか」


「国以外に?」


「対象の国にマフィアや反社会分子は居ないのかね?闇ルートで売り捌けばいいじゃないか」


 ルシフェルは女王の背中を擦りながら優しく解決策を提案する。


「大丈夫でしょうか?」


 エレシュキガルは躊躇したが、財政を考えるとその提案に乗るしかない。それに、もし掛を踏み倒す事になったらもう自分の元へいとしの皇子様が通って来なくなるかもしれない。


 しかし、この提案には乗ってはいけなかった。マフィアに売った食料品はやがてマフィアの武器となり内戦を引き起こし、反社会分子に横流しした事で隣国からの援助はストップし国交が断絶してしまった。


 更に悪い事は続き、他国進出を企んだマフィアが大規模なテロを起こし、エレシュキガルから援助をされていると吹聴して回った。テロの被害に遭ったアイタ国は同盟国と伴にエレシュキガルの国へ通告を出し、その要求が通らなかったため牽制のために宣戦布告を宣言し、侵攻はせずとも事実上の戦争状態へ突入した。


「どうすればいいのよ!どうすれば!!」


「落ち着いて下さい女王様!アイタ王は牽制のために宣戦布告したに過ぎません。解決に尽力している姿勢を見せるのです!!」


「さりとて国境では敵軍が大砲を向けておるぞ。妾は嫌じゃ!戦争など嫌じゃ!!」


 その頃にはルシフェルの足も遠退き、エレシュキガルは地上の援助も受けれぬ状態に至っていた。


 冥皇の宮殿では、戴冠式の準備が着々と進み、ルシフェルはハーデスから戴冠式の一連の流れを教わっていた。


 意外な事にルシフェルは大人しく真面目に戴冠式の作法を学んだ。


 弟に会えるのが余程嬉しいのか、地上から沢山のダイヤモンドや金を取り寄せ弟の部屋に飾ったり、自ら冥皇が着る衣装の手直しまで行った。


「おいおい、カウティス皇子がサリエル皇子の衣装にダイヤモンドを縫い付けてるぞ」


「あんなに派手にして......」


「今朝、侍女がサリエル皇子の部屋を雑巾がけするカウティスを見たとさ」


「見た事の無い主神に恋するとは流石脇侍神よの」


 ハーデスとオシリスと閻魔王の何時いつもの3柱、可笑しな行動をするルシフェルをニヤニヤと眺める。


「ハーデス殿。カウティスは今、何時間置きに痛み止めを飲んでいるかね」


「1時間置きじゃの」


「そろそろ奴の体も限界よの」

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