第33話インドラの謁見
カナン地方の主の神殿。すっかり全快したミカエルは、兄が冥界の実権をほぼ掌握し、弟とも仲良くやっているとの報告を受けていた。
寝たきりで鈍った体、兄弟と再会する時は元気な姿を見せたいと日々鍛練に励んでいた。
「総帥、謁見の申し出です」
「誰だ?」
「デーヴァ神族のインドラ殿です」
インドラは先代ミトラ神と懇意にしていた神である。支配下にある国の神では無いが、ミカエルとルシフェルがミトラの子であると知ると援助を申し出てくれた。
ミカエルとルシフェルが出自を隠していた頃は天使達の手前、陰ながらの援助に徹していたインドラ。もう隠れる必要も無いので、久しぶりに向こうから訪ねて来てくれたようだ。
「お待たせ致しました。インドラ様」
「お久しぶりですねミカエル殿。息災で何よりです」
ミカエルは久しぶりの再会に笑顔で出迎えた。しかし、インドラの表情は固い。
「長居するつもりは無いので要件だけ伝えたいのですが良いですか?」
インドラはテーブルの上に沢山の手紙を並べた。差出人は、アンシャル、アーシラト、エア、ジャブダル、ネタンス、アウセクリス。これらは皆、ルシフェルとミカエルが下した神々である。
彼等は自分の国を持っていたので採取用に神格を奪わず属国の神とした。
「彼等は皆、貴方の従者が上に取り次いでくれないので私を頼ったのだ。全て貴方に宛てた手紙である」
「私に?」
「全て必ず読みなされ。窮地に立たされどうする事もできず、畏れる相手宛に書いた手紙だ」
ミカエルは少し青ざめてテーブルに置かれた手紙を見つめている。
「貴方は、兄と弟が冥界で仲良く暮らしていると信じているようだが、それは本当の事かね?冥皇の戴冠式が開かれたとの話は聞かない。弟君から一通でも手紙は来たか?」
「まさか、そんな事は......」
「兄弟でも喧嘩する事くらいあろう」
インドラが帰った後、ミカエルは全ての手紙を側近達と伴に読んだ。
似たり寄ったりの内容で、冥界への援助金がこれ以上出せない事、ルシフェルが実質上の冥皇になり弟の側近を宮殿から追い出そうとしている事、冥界へ派遣していた親族が暇を出され地上に戻って来ている事などが書かれていた。
全て兄に対する不満ばかり。切羽詰まって弟のミカエルにどうにかしてくれと訴えているのだ。
手紙を隈無く読み返してもサリエルについての事は書かれていない。きっとあの弟なら、兄の所業に異議を唱えただろう。
そんな弟を兄はどうした?どう扱っている?ミカエルの脳裏に牢屋に入れられ助けを求める弟の姿が浮かぶ。
ミカエルは少し前に門前に置かれた鎧や武器の事を思い出した。
「あれは、助けてくれと言っているのか?」
神々の兄弟愛は何より深い。それは長く離れ離れだった兄弟にも通用するのだろうか?
ミカエルは不安で胸が押し潰されそうだった。その日の夜は中々寝付く事が出来ず、神殿の階段で星を眺め物思いにふけた。
(たまには主の元へ帰りたいな......)
美しい星々を見ていると、育ての親の事を思い出す。良く一緒に天体観測をした。父は天文学に長け、色々な星の名前を教えてくれた。
「月の近くで明るく輝くのが金星、少し離れてあれが火星に土星に......」
あまりにも空気が澄んでいて星が綺麗なので、もっと近くで見たいと思ったミカエルは翼を拡げて空高く飛び立った。
「久しぶりに大気圏までやって来たな。このまま月まで行ってみるか」
下を見下ろすと青く美しい地球が雲のベールを纏っている。
「離れて見るとなお一層美しいものよ」
暫く大気圏に留まり、天体観測を楽しんでいると、隣に望遠鏡を持った仲間の天使が居る事に気が付いた。
「珍しいな総帥が大気圏まで上がって来るとは」
この天使の名はサンダルフォン。漆黒の髪と翼を持つ天使で、今は主の空間に滞在し、地上との通信係をしている。
「思い立って出て来たので望遠鏡を忘れた。少し貸してくれないか?」
「どうぞ」
サンダルフォンはミカエルに望遠鏡を渡すと腕組みをしてミカエルと同じ方向を見つめた。
「随分と遠くにピントを合わせているな」
「探している星がありましてね」
「どの星だ?」
「黒く輝く星なので中々見つからないのです」
「ふふっ......」
サンダルフォンの冗談に思わず笑みがこぼれる。
「主の民は元気か?」
「元気に大繁殖してますよ。空間も食い尽くす勢いです」
「そちらから何か報告はあるか?」
「ゴミ捨て場の確保に困っていらっしゃる様です」
「そうか、やはりサリエルは何としても手に入れぬとな」
「あの噂の弟君か」
「お前の耳にも入ってたか。ミトラ神は空間を操る。弟は思っていたよりも優しく、話の通じる相手だ」
「3兄弟仲良く過ごされたいか?」
「そうだな。そうせねばならぬよ」
「私にはもう叶わぬ故、羨ましい限りだ」
「お前にも兄弟が居たか?バアルの様に我等に従う事を反対されているのか?」
「......」
「言いたくなければ言わずともいいさ」
ミカエルは望遠鏡のピントを月の表面に合わせて覗く。
「地上から見た月はあんなにも美しいのに、近くで見ると恐ろしいな......」
「大気が薄く、乾いた死の星ですからね」
ミカエルは暫くの間望遠鏡を覗いていたが、太陽が地平線から上がって来るのを確認するとサンダルフォンに望遠鏡を返して地上に戻って行った。
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