第31話ルシフェルの宮殿入り1

 浄玻璃鏡に映し出されたルシフェルは、仲間の兵士達に自分の周りを囲ませ剣の刃先を向けさせている。


「何ですか?カウティス皇子は何をしているんです?」


「......カウティスめ自分を人質に我等を蹂躙する気か」


 冠の主を消滅させた場合、待っているのは混沌と虚無である。カオスの再来は防ぎたい。


 ハーデスが宰相と、さてどうするかと話し合っていると、ルシフェルがハーデスの兵士達に話しかけた。


「冥界の兵士よ、私はミトラを与えられし皇子である。そなた等の力は素晴らしい。とても地上の武器鎧で敵うはずもない。そなた達とは同盟を結び、友好な関係を築きたい」


 ハーデスの兵士達は警戒し土嚢から出てこようとはしない。


「どうか、そなた等の長に会わせて欲しい」


 ハーデスは宰相と浄玻璃鏡でルシフェルの言葉を聞いていた。


「どうしましょう?本当に自分の兵士達に己を殺させるでしょうか?」


「う~ん......。抜け目の無い奴じゃの。宰相、サリエル皇子は今何歳だったか?」


「確か数えで119歳だったかと」


「若いな。成人まで少し早いが、戴冠式の予算は確保してある。早めても構うまい。宰相」


「はい」


「ワシ自らカウティス皇子を出迎えに行く」


 ハーデスは着替えを済ますと急いでルシフェルの元へと向かった。


「あっ!ハーデス王」


 土嚢の裏で緊張状態だった兵士の1人がハーデスに気付き声を掛けた。


「お前達はそのまま待機しておれ」


 兵士達に指示を出すとハーデスは土嚢をすり抜けルシフェルの前へ姿を現した。


「お前は、確かハーデスとか言ったな」


「立派に成りましたな。カウティス皇子。して、地上の国々を滅ぼし蹂躙してきた貴方が我々と同盟を結びたいとは滑稽な申し出。その心理は如何様なものか?」


「言葉の通りだ。我々の力では歯が立たぬゆえ友として付き合いたい」


「同盟を結び我等に得となる事はありますかな?」


「存じている通り、ミトラは私が持っている。同盟を結び、我が軍を宮殿の兵士として迎え入れてくれるならミトラを皇太子にお渡ししよう」


「それは、そなた等の主を捨てる事に等しいのでは?」


「そうだな」


 ルシフェルは薄ら笑いを浮かべ答えた。ルシフェルの兵士達は予め知っていたかのように冷静に佇んでいる。


「では、貴方は以後はサリエル皇子に仕えると言うのか?」


「それはどうだか。若い弟は冥王として適正であるか?その後は我々が判断する」


「貴方は結局は、ミトラの痛みを早く取り除きたいだけでは無いか?サリエル帝を認めぬ可能性があるなら冥界に敵対していると同じ」


「これだけは譲れぬ。弟と一つ屋根の下、沢山の事を語らい、触れ合い彼を見定めたい」


「何を考えているか解らぬ者に、我等が主であるミトラの継承者を合わせる訳にはいかない。サリエル皇子には、貴方が宣戦布告をしたと伝えてある。暫くは地上に御隠れいただく」


「ほう、地上に居られたか」


「同胞が匿っている故、探すのは不可能よ。ただ、貴方の宮殿入りしたいとの願いは叶えよう。私がサリエル皇子に会わせられるかどうかを見定める」


「良かろう」


 ルシフェルの兵士達は無言で目で合図し合う。全てがルシフェル総統の思惑通り。我軍に一人の犠牲者も出さずに冥皇の宮殿まで辿り着ける。


「但し、貴方に宮殿の鍵を渡す訳にはいかぬので、常にこのハーデスと伴に行動して頂く」


「私と常に一緒か......。私は気を使わぬ男なので辛くなるぞ」


 ハーデスは後ろを向くと、ポケットから鍵を取り出し、差し込んで捻る仕草をした。

 すると目の前の空間が歪み、歪んだ空間の中心に石畳の通路が現れた。


「じゃ、ワシに付いてきてくだされ」


 ハーデスを先頭に天使達の大軍が行進する。石畳の通路は周りをアーチ状に煉瓦で囲まれ何処までも続く。


「長いな、ちゃんと宮殿に着くのか?」


「宮殿の地下道です。真っ直ぐ進めば後5km程で宮殿に着きます」


 ハーデスはあえて宮殿から少し離れた場所に入口を開けた。宮殿では、ハーデスの国の宰相からルシフェル一行が宮殿入りする事が伝わり慌ただしくなっている。


(まずは、宮殿内に格納してある最新の武器鎧を別の場所に移すまで時間を稼がねば。天使達の衣食住はどうする?ああ、その前に金庫も空にしなくては)


 歩きながら色々な事を考えるハーデス。


「ハーデスよ。お前、時間を稼いで我等を陥れる気だろう?」


「別に危害は加えぬ、ワシは若くない故。健康とダイエットのために歩いているだけだ」


「嘘をつくな、見た目は老けさせているが私より後に生まれただろ?」


 ルシフェルは矢継ぎ早にハーデスに喋りかける。


(よく喋るな。先が思いやられる)


 その頃、宮殿では共に冥界の王君であるオシリス王とオルクス王、閻魔王にアイタ王が手分けして指示を出し、ルシフェルを迎え入れる準備をしていた。


「我等、冥界の王君が力を合わせればミトラの脇侍神ごとき生け捕りに出来ように」


「そうだ皇太子が成人するまで、カウティスなど手足を削ぎ落とし監禁しておけばいいのだ」


「何故にハーデス王はルシフェルの兵士まで宮殿入りさせる?」


「国を空ける事になって迷惑じゃ。おのれカウティスめ」


「そなた等は皆、カウティスを侮り過ぎだ。あのバアル神を従わせた男よ。ハーデス殿にも考えがあろう、聞いてみたらいいじゃないか」


 王達は忙しなく動き回る従者達の真ん中で口々に文句を垂れる。


「オルクス様、武器庫の鎧と武器の数が合いません」


「ハーデスが持ち出したのではないか?取り敢えず残った物を隠しておけ」


 ハーデスやオシリス以外の王達は今まで戦争や紛争を体験した事が無い。

 ミトラ神の圧倒的な力に守られ豊かに暮らしてきた王達は、敵を侮り蔑み、口は出しても知恵は出さない。


 奢れる王の権力に永遠などあるだろうか?

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