第30話モート神一族の最後

 煉瓦造りの長く続く高い外壁、大きく重い鉄の門。草木が疎らに生えた痩せた平地。ここは、ルシフェル達が留置している場所から約100km程離れた関所である。


 この関所は、ルシフェル達が居る側がハーデス王の領地であり、反対側はエレシュキガル女王の領地である。


 冥界No.2を自称しているハーデスは、自分の部下が鍵を奪われ、敵を冥界入りさせた事を悔やんでいた。


 自分のプライドにかけて、何としても敵を他の王の領地に入れたくは無かった。


「ルシフェルめ結界を張っておるな」


「困りましたね、これでは浄玻璃鏡でも千里眼でもテントの中までは見る事が出来ません」


 一昨日までは自分の城で何時いつもとあまり変わらない生活を過ごしていたハーデスだが、隣国の王達が抗議してきたのでやむ無く関所に赴いた。


「脇侍神を養子に出した先代皇帝の尻拭いを何故ワシがせんといかんのじゃ」


 ハーデスは居心地の悪い関所に滞在する事になり機嫌が悪い。

 この日も、ルシフェル達に目立った動きは無く夜を迎える事となった。


 モート一族達を収容している巨大なテント。僅かなランプで照された空間で、おさのダゴン王を中心に一族家臣達が今後の事について話し合っていた。


 モロクにより聞かされたルシフェルの計画。モートの一族はルシフェルの盾になるために生かされている。

 妻子を人質に取られてはなす術がなく、皆哀しみの中で僅かに残された時を過ごしていた。


 約2000柱の捕虜達はダゴン王の言葉に耳を傾ける。


「皆、今まで良く我が一族に仕えてくれた。我が息子の失態、力なき王を許せとは言わない。許せぬなら今ここで私を殴り殺してくれても構わない」


「ダゴン様......」


 皆、ダゴン王の優しさと有能さを知っている。小さな国だったが豊かで幸せだった。

 誰1人ダゴン王に楯突く者など居ない。


「皆、王のご判断に従います。おそらく我々に残された時は少ない」


「僅かに残された命、せめて貴方様の民として最後まで輝いて果てたい」


 皆、口々にダゴン王を称賛し最後までつき従いたいと懇願する。


「冥界の兵士達は強く勇ましい。使う武器も地上とは比べ物にならぬ。ルシフェルは彼等の力量を見たいがためだけに我等を盾にするのであろう」


「それでは無駄死にするだけではないですか......」


 ダゴン王はルシフェルがミトラを被っている事を知っている。

 ミトラは被る者が居なくなれば全てを呑み干す恐ろしい冠。ミトラを被る主を冥界側は殺す事が出来ない。


「それでも我等の子供達を生かすため皆抵抗せずに盾となってほしい」


「ダゴン王......」


 一族郎党の悲しみの声がテント中に響き渡る。

 啜り泣く声は、明け方近くまで聞こえ、テントの外で監視についていた兵士達の涙までも誘った。


 3日後。ルシフェルは捕虜の男達に鎧を着せると結界を解き、関所がある方向に全隊を引き連れ行進させた。


 50km程進むと、ハーデスが送り込んだ一個師団が土嚢に隠れて待機しているのが見えてきた。


 先頭を歩いていたモートの一族は、恐れから立ち止まり動けなくなってしまった。


「どうした?予習通り横に拡がり行進せよ」


 馬に乗ったベリアルが後方から指示を出す。モート一族は死を目の前にして全く動けない。


「何をしている!動け!!」


 ベリアルが声を張り上げると、兵士達が槍でモート一族をつつき無理矢理決められていた配置を取らせた。


「よし!前進せよ!!」


 直ぐ後ろでは兵士達が槍を仲間の背中に突き付けている。

 ルシフェルの居る遥か後ろの隊列では、妻子が人質に取られている。


 後戻りは出来ない。


「うおおぉぉお!!」


 誰かが意を決して喊声を上げ走り出すと、皆がそれに続き一斉に走りだした。


「打て!!」


 ハーデスの兵士達が一斉に弓を射る。鉄で出来た弓は盾をことごとく破壊し、味方の体を削ぎ落とす。


「これは素晴らしい!何と美しい軌道だ......」


 最前戦の遥か後ろで望遠鏡を覗き、戦の様子を見ていたルシフェルは我慢出来なくなり馬車から馬を一頭切り離して跨がった。


「冥界の兵士を直に見たい。行って来るぞモロク」


「お待ちください!総統!!」


 モロクも馬に鞭を打ち総統の後に続いた。


 最前列では、モート一族が盾と槍のみで敵陣に突進している。

 腹に沢山の弓を射ち込まれても、手足を削ぎ落とされても這ってでも前進しようとする。


 妻を娶ったばかりの者、孫が生まれたばかりの者も居る。

 老いた精霊も、若き精霊も皆思う事は同じ。


 妻子を守りたい......。


(私達は敵では無いのだ。同胞よ、命はもう助からずとも、せめて辞世の言葉を聞いて欲しい)


 容赦なく次々と降り注ぐ弓の雨、ルシフェルとモロクが最前列に追い付いた頃にはモート一族の魂は跡形も無く、戦場には空の鎧と槍が散らばっていた。


 名も無き神々の軌跡、哀しきかな後世に伝え偲ぶ者は居るだろうか......。


 ルシフェルが最前列に出て来る様子を浄玻璃鏡で見ていたハーデスの側近は、慌てて昼寝をしていたハーデスを叩き起こした。


「ハーデス様!!ハーデス様!!カウティス皇子が最前例に出て来ました!」


「何だ宰相?それくらいでワシを起こすな。大丈夫だ、カウティスは生け捕りにしろと伝えてある」


「いや、それは知っています。取り敢えず浄玻璃鏡を見て下さい!」


 宰相に起こされて不機嫌なハーデスは寝癖を直しながら浄玻璃鏡を覗いた。


「はっ!?何やってるんだあのどスケベ皇子は!!」

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