第28話ルシフェルの冥界入り
ルシフェルがバル神殿を奇襲し、冥界へ入ったと言う情報は、間も無くミカエルや冥界の実権を握っていたハーデスにも伝わった。
カナンの【主の神殿】で療養していたミカエルは、兄がバル神殿を陥落させ冥界入りした事に素直に喜べないでいた。
「結局、弟に兄が冥界に危害を加えようとしている事を話せなかった」
想像と違う、優しくて強い弟。自分へ向けてくれる優しさに少し酔いしれてしまった事を否めない。
しかし我が主のため、冥界を手中に収めんとする兄の計画を暴露する訳にもいかなかった。
「ダメな男だな私は......」
ミカエルはせめてもの償いに、弟に危害を加えぬよう兄に手紙を書く事にした。インクに水を足していると、従者に声を掛けられた。
「失礼します。総帥、門前に得体の知れぬ木箱が沢山置かれています。総帥宛ての荷物です。確認をお願いします」
「私に?直ぐ行く」
ミカエルが門前に赴くと、沢山の木箱が規則正しく山積みされ放置されていた。
「総帥、これはルシフェル総統からですか?主からですかね?」
「見た事の無い筆跡だ。開けてみよう」
ミカエルが恐る恐る木箱の釘を外すと中から黒光りする鎧と腕章が出て来た。
「天秤に翼を広げた鷲の紋章、弟からか......」
鎧はミカエルに仕える天使達全員分の物があり、少し大きめの箱には盾や槍、弓矢等が大量に入っていた。自分達が持っている武器よりも数段も性能が良いであろう代物ばかりだ。
「弟は一体、何を考えているんだ?」
ミカエルは荷物を送ったであろうサリエルの意図が分からなかった。
その頃、冥界の王の一人であるハーデスは、冥皇の宮殿から己の領地に戻りルシフェルの動向を観察していた。
「ふんっ、あの程度の武器で乗り込むとは愚かよ」
「過疎地に入って来た事は幸いですね」
「王以外が冥皇の宮殿の鍵を地上に持ち出すのは禁止だからね」
ハーデスは自分の城で、優雅にお茶をしながら、浄玻璃の閻魔王に借りた鏡でルシフェルを見ていた。
「さて、町にたどり着く前に追っ払うか。陸軍歩兵1師団を向かわせろ!」
ハーデスは立ち上がり、側に侍ていた宰相に指示を出した。
「しかし、王様。奴等はとんでも無い数です。せめて3師団は向かわせては」
「彼等の弓など、我等が持つ弓の半分の距離しか飛ばぬよ。まあ、小手調べさ」
当のルシフェルは、冥界入りを果たしてから直ぐにはその場を動かず、テントに結界を張り兵士達を留置していた。
「モロクちょっといいか?」
モート一族が監禁されているテントにルシフェルが訪ねて来た。監視をしていたモロクは敬礼し出迎える。
「捕虜達にある贈り物をしたい」
「贈り物ですか?」
ルシフェルは親指でテントの外に出ろとの合図をモロク達にした。
モロクが外に出ると、兵士達がシートに次々と鎧を並べて置いている。
「総統、まさか捕虜達を我等の盾にする気ですか?」
「私はお前達に約束しただろう?同胞からは1人の犠牲者も出さないと」
「しかしバアル殿の心は犠牲になりますぞ......」
ルシフェルはモロクの言葉にニヤリと笑い捕虜のテントに入って行った。
ルシフェルが捕虜達の前に姿を見せると一斉に罵声が上がった。
「不意打ちなぞ卑怯だぞ!」
「我等を捕らえられて何をする!糞野郎!!」
「やい!カウティス!!それでも冥界の皇子か!!」
ルシフェルは暫く罵声を言わせてやり、捕虜達が少し大人しくなった所で口を開いた。
「私の真の名を知ってる者も居るようだな」
ルシフェルの言葉にモートの父であるダゴンが前に出てルシフェルに問う。
「我々を人質に取ったところで冥界が怯むとは思えない。我々に人質としての価値等無いのです。鍵を手に入れ、貴方は冥界入りの目的を遂げたのだ。それなのに何故我等を殺さず囲うのか?」
「何故捕虜を殺さないか?私が敵対する者を、ただ殺すだけの残忍な男に見えると言うのか?」
「......」
「おいモロク。
「御意」
ルシフェルはモロクに後の事を頼むと足早にテントから出て行ってしまった。
(ただ殺すだけじゃない、もっと残酷で残忍な男よ)
ルシフェルは外の空気を両手を広げて思いっきり吸うと声高々に笑った。
「ははっ、冥界の空気は良いな」
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