第26話バル神殿への奇襲

 ルシフェルがモートの一族郎党を人質に取り、冥界の鍵を手に入れたのはミカエルが目覚める少し前だった。


 モートが主催する宴が開かれる2日前、ルシフェルは密かにバアルを下界に呼び寄せた。


 ルシフェルが良く通っていた売春宿、情事が済むとルシフェルは娼婦に睡眠薬を飲ませ窓からバアルを迎え入れた。


「ルシフェル様、何故私をこんな所に呼び出したのです?」


「お前、これが何だか分かるか?」


 ルシフェルは胸元から短刀を取り出しバアルに見せた。


「何の変哲もない短刀ですね」


「そうだ、何の変哲もない短刀だ」


 ルシフェルは言うや否や、その短刀を頭の少し上で撫でる様な仕草をした。


「何をやっているんです?」


「見えないか?良く目を凝らして私の頭を見るがいい」


 バアルが良く目を凝らして見るとルシフェルの頭の上に銀色の発光体が乗っかっているのに気付いた。


「これは冥皇の冠だ、お前は知らなかっただろうが、私とミカエルは冥皇の子供なのだよ」


「なんと!!」


 バアルが驚き固まっていると、ルシフェルは持っていた短刀で娼婦の胸を突き刺した。


「なっ!いきなり何て事をするんです!?」


「いいから、少し待っていなさい」


 娼婦が事切れて半刻は経過しただろうか。そろそろ肉体から魂が切り離されてもいいはずなのに一向に魂が浮かんで来ない。


「魂が浮かんできませんね」


「消滅したからね。この頭の冠は冥界の特殊な素材で出来ている。ほんの少しの粉でさえ魂を消滅させる猛毒だ」


「そんな危険な物を頭に被っているのですか!?」


「それが出来るのは私が冥皇の器だからだ。武器庫にある剣や弓矢にも冠の粉を付着させておいた。来るべき戦に備えてな」


 バアルは自信ありげなルシフェルを見て、もはや丸腰のモートを救う事は絶望的だと悟った。


 しかしいくら猛毒があろうとも、性能の良い武器を持ち、恐ろしい36の王が鎮座する冥界に戦を仕掛けるなど無謀だと思っていた。


「ルシフェル様、今一度考え直して頂きたい。冥皇に戦を仕掛けるなんて無謀です。無駄な犠牲を払うだけです」


「大丈夫だ。私なら一柱の犠牲も出さずに宮殿までたどり着ける」


 ルシフェルは身なりを整えながら優しく答えた。


 バル神殿では、モートが2日後に迫ったパーティーの準備に邁進していた。


 宴の一日前にルシフェルは兵士を武装させ、招待客の大半が訪れる前夜祭に奇襲をかける事となる。


 養子に出された冥界の皇子が、冥界の鍵を手に入れ、宮殿内に侵入しようとしているなど夢にも思わない冥府の住人達。


 モートから宴の招待状を貰っていたガブリエルは、中々家から出られずに困っていた。


「ガブリエルさん!サリエル皇子とは結局どういった関係なんですか?」


「サリエル皇子の事をどう思っているんです?」


「未来の冥界初の皇后になる可能性もあるんですよね?」


「皆、流石【神の人】と言っていますよ」


 死神達はお喋りだ。皇子を迎えに行った使者達の中に、サリエルが別れ際にガブリエルに言った言葉を面白おかしく吹聴した不届者が居たようだ。


 噂が噂を呼び、事実で無い事を引っ付けて雪だるま式に膨れ上がってしまった。


 ガブリエルは新聞記者に連日追い回され、外に出られず疲弊していた。


(これでは宴に遅れる。賞与無しはきつい)


 決して遣り繰りが上手いわけではないガブリエル。上司の機嫌を損ねての減給は何としても避けたい。


(どうしよう......)




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