第21話サリエル対ミカエルの戦い
ガバエルの家から少し離れた小高い丘の上。穏やかな月明かりの下、冥界の使者達は皇子の帰還を喜ぶでも無く、険しい顔で皇子を諭した。
「貴方の勝手な行動で、オシリス様は暫くの暇を出され。ハーデス様は寝る間も無く、宮殿に泊まり込んでいらっしゃる。後で罰せられると分かっていても、我等は貴方の命に従うほかないのです」
「悪かったな。では、命令だ。オシリスの暇を解き、残り34の王はハーデスの補佐に尽力させろ」
「貴方は政に疎い」
使者達は呆れ顔でサリエル皇子を見て言った。
「政には疎いかもしれんが、他の王達は今、ある者は精霊の罪をかさに舌を抜き痛めつけ、ある者は忙しなく働く部下を見下し化粧をしている。また、ある者は死神を使わず人件費をケチり、意思無き式で情無く魂を回収している。これは全て余裕があるから成せる業。少し忙しくなって貰ってもかまうまい」
「邪視で私生活を覗く等、嫌われますぞ」
「それで結構。私は、まだまだやる事がある」
皇子は肩に抱えていたウリエルを下ろすと、使者の中で一番体格の良い男を側に呼び寄せた。
「お前、名前は?」
「タルタロスと申します」
「タルタロス、命令だ。お前は、この天使を担ぎ私に同行しろ」
「は!畏まりました」
こうなってはもう、使者達は皇子の言う事を聞かざる負えない。
「私は兄の元へ行く。冥界の事は頼んだぞ。下がれ!!」
カナン地方、流れの穏やかなナイル川の中流には、白い大理石の巨大な神殿が築かれていた。女神や天使の石像が門までの通路に立ち並び、神殿の入り口には幅の広い長い階段が設けられている。
「皆、よく集まってくれた。汝等の尽力により、素晴らしき神殿を建立する事が出来た。我らが主もお喜びであろう」
ミカエルが神殿の入口で、配下の天使達を見下ろしながら労う。
全ての天使達は膝間付き、顔を臥せ、敬愛なる総帥の声に集中する。
「忠実なる神の僕、我等が同胞よ。面を上げて顔を良く見せておくれ。汝等の顔を脳裏に焼き付け。神の御前に報告したい」
その言葉に一斉に全ての天使が面を上げる。愛と、敬い、恐怖が入り交じった表情。
(お前達は私を通して何を見ている......)
自分は何かの偶像として、ここに立たされている。総帥としての確固たる自信が無いミカエル。彼は最近思い悩んでいた。
(私の先に透かして見ているのは、主か?ルシフェルか?)
ちょうどその頃サリエルと、ウリエルを担いだタルタロスは、主の神殿の門前まで来ていた。
いきなり目の前に現れた3人に門番は鳩が豆鉄砲を食らったようになり、暫くの沈黙が流れた。
「......えっ!何?!」
1人の門番が声を発すると、皆我に返り直ぐ様3人に槍を向ける。
「私は、冥界の皇子サリエルである。私の兄であるお前達の長に会いに来た。手土産もあるのだ、特と見よ」
サリエルはウリエルの顔を少し指で上げるとニヤリと笑った。
「ウリエル様!!」
「出合え!出合え!!敵襲だ!!」
「直ぐ様、総帥に報告しろ!!」
門前があわただしくなり、沢山の兵士が駆け付ける。
「う~ん?」
あまりにもの騒音でウリエルが目を覚ました。
「起きたか、ウリエル?ほら、お家に帰って来たよ。今からそなたの愛する総帥に、お前に対する怒りをぶつけるが良いな?アスモディウスとシェムハザの仇だ。挨拶代わりでもあるがね」
「なっ!何をする!!」
ウリエルが暴れ出したので、タルタロスは一度ウリエルを下ろすと、素早く己のストラを引き伸ばし、巻き付け動きを封じた。
ウリエルがタルタロスから下ろされた瞬間、兵士達の槍が二人を貫く。しかし、二人の体はまるで霧の様に大気に溶け込みウリエル共々門の前から消えてしまった。
門前での騒ぎは、早急に総帥ミカエルへ伝えられた。
「何!?私を兄と呼ぶ不審な者が来ているだと?」
「ウリエル様も一緒でした」
「お前達は門を突破されたのか!直ぐに神殿前に兵士を集めよ!!」
総帥の号令の下、天使達は弓や槍を持って直ぐ様決められた配置に着く。ミカエルも司祭服から鎧に着替え、敵を出迎える準備を整えた。
ミカエルが、皆が待機している広場に姿を現すのと同時に、敵の姿が神殿前に現れた。
ミカエルが右手を上げると一斉に矢が放たれる。しかし、敵は怯む事無くゆっくりとミカエルの方へ歩いてくる。
「ほう、ウリエルも居るのに無慈悲なものよ。あれがカウトパティス、私の兄か」
放たれた矢は三人をすり抜け地面に突き刺さる。良く見ると三人の体は向こうの景色を映し、透けている様に見えた。
「ミカエル様、奴等に弓が当たりません!あいつ等は何なんです!?」
「あれは......本来なら別の次元に居る者達だ」
ミカエルはサリエルの顔を間近で見た瞬間に兄が昔話していた弟の事を思い出した。
「止めよ!」
ミカエルが号令を出すと弓の雨が瞬時に止む。
サリエルはタルタロスに階段の下で待つように命ずると、少し上がった踊場で兄であるミカエルに語りかけた。
「冥界の主である私が、兄である貴方を御迎えに上がりました。私の名はサリエル。手土産に貴方の部下に対する私の怒りをお受け取りください」
「お前がルシフェルの言っていた弟か?その証拠は何処にある?」
「貴方はもう確信を持っているはずです」
サリエルはそう言うと、またゆっくりと階段を上がり始めた。ミカエルの側近が剣を抜き行く手を阻む。
「総帥、お下がりを!」
「神殿内へお入り下さい!!」
側近の剣もサリエルをすり抜け当たらない。ミカエルは側近達に下がる様に言うと鎧を外し始めた。
「そなたには剣も鎧も意味がない。だが私は、そなたの居る次元に合わせる事が出来る」
「自分の出自がこちら側だと認められたか」
二人は、言葉を交わすや否やお互いに飛び掛かり、取っ組み合いの喧嘩を始めた。
サリエルの左手がミカエルの頬を捕らえると、ミカエルは側近達の方へ吹っ飛ぶ。側近達がミカエルを受け止めようとするが、ミカエルの体は側近をすり抜け床を転がった。
この兄弟喧嘩に天使達が取り入る事は出来ない。次元の違う喧嘩だ。
兄は直ぐに体を起こし、弟に跳び蹴りを喰らわす。腹に思い切り喰らった弟は咄嗟に兄の羽を掴み、兄共々階段を転がりタルタロスとウリエルの元までやって来た。
「ん~、ん~っ!」
殴られて青タンを作り、口から血を流す大好きな総帥を見て猿轡をされたウリエルが泣きながら何かを訴えている。
何時も綺麗な服を来て、沈香を纏い優雅に振る舞う総帥の姿はそこには無い。
兄も弟も、鬼の形相で真剣に殴り合う。服が乱れ血しぶきが舞い、周りの天使達ばかりでなくタルタロスさえ若干引いている。
弟が兄の髪を引っ張り顔に何発も拳を喰らわす。兄が弟の襟元を掴み何度も石柱に叩きつける。
二人とも息絶え絶えでボロボロだ。弟が気力を振り絞り、兄に体当たりをする。兄は受け止め切れず吹っ飛び壁を崩した。
間を置かず瓦礫から出て来た兄を見て、弟は微かに笑った。
(足を挫いたな)
よろよろと足を庇いながら出て来た兄の足を目掛けて蹴りを入れようと、弟は走り出した。
しかし、足を挫いた筈の兄は、その足で高く飛び上がり、弟の後ろに回り首を腕で締め上げた。
「......参った。参りました、兄上」
兄は弟のその言葉に優しく笑い、腕の力を緩めた。
「私の方が策士でしたね。可愛い弟よ」
気を抜いた瞬間、二人の姿は周りにはっきりと現れ、元の次元に戻って来た事を伺わせた。
兵士の1人がサリエル目掛けて矢を放つ。
「危ない!」
ミカエルがサリエルを庇い、咄嗟に体で覆ったので弓がミカエルの肩に刺さってしまった。
「兄上!何故!!」
ミカエルにも自分が何故、この様な行動を取ったか分からない。ただ全身が痛くて重たくて、ミカエルはこの日、弟の腕の中で初めて気を失った。
遠くでは、雷鳴が聞こえ、これから訪れる波乱を感じさせていた。
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