第18話トビト記11

 その頃、ラグエルの家ではアザレアが悪魔払いの準備をしていた。


「アザレア様、本当にこんな物が役に立つのですか?」


 ラグエルは市場で仕入れたコイをアザレアに差し出した。


「良いコイだ。私は7日後にまた訪ねるから、それまでにこのコイの肝を乾燥させ麻袋に入れておきなさい。下準備はこれでおしまい。後は花婿を用意するだけだ」


「花婿なんて、もうこの町では見つかりませんよ」


「大丈夫、死さえも味方につけている青年が居る」


 アザレアはガバエルに笑いかけると、弟子達との集合場所へ向かった。


「師匠!」


 集合場所へ行くと弟子達が次々と駆け寄って来る。皆、目を光らせて口々に自分が見た光景や体験した事を語りだした。


(やはり休息も必要よ)


 アザレアは笑顔で弟子達の話に耳を傾けた。


 夕暮れ時、宿に入る前にアザレアはトビアスとガブリエルに三人だけで話がしたいと頼んだ。


 三人は、他の弟子達を宿に残し、広場に続く石畳に並んで座った。


「トビアス、お前に頼みがあるのだ」


「珍しいですね。どうしました?」


「トビアスお前、嫁を娶る気はないか?」


「はっ!?」


 トビアスとガブリエルが一緒に聞き返す。


「ラファエル、いきなり何を言い出すんだ。トビアスはまだ13歳だぞ」


 ガブリエルはアザレアに詰め寄った。


「トビアスはどうだ?そこそこ見目麗しい女だ。後2年もすればお前も立派な男に成長しよう」


「待ってください!自分は一人っ子です。その女性は私の故郷に来てくれるんですか?」


「いやいや待て待て、お前はその提案に乗る気か!?」


「残念ながら婿養子としてだ」


「だから待てって!!」


 ガブリエルが二人の話しに割って入る。アザレアは両手を下に振って、まずは落ち着けと宥めた。


「演技としてだ、本当に結婚する訳ではない」


「面白いなガブリエルは」


 トビアスが言うとガブリエルは顔を赤らめて下を向いてしまった。


「昔の弟子の娘が悪魔付きなのだ。サラと言って、これまでに7回も花婿を死に追いやっている」


 トビアスとガブリエルは顔を見合せた。


「助けてやりたいのだ。協力してくれぬか?」


 トビアスとガブリエルは今日、広場で見た女店主の顔を思い浮かべた。


「知っている奴だと思う。小さな黒い猿が、女の魂にくっついていた」


「さすが死神だ。悪魔の姿が鮮明に見えるのか」


「悪魔自体の処理は簡単だが、あの女には2匹の天使も付いていたぞ」


「天使が!?」


「お前の仲間じゃないのか?」


 アザレアは髭を触りながら考えた。主に使える天使が、わざわざ弱い悪霊を二柱で監視するか?


「お前から見て、その天使の力量はどうだった?」


「一匹は私よりかなり弱い。もう一匹は......多分お前より強い」


「私よりも?」


 アザレアは、ミカエルに仕えていた時に見た天使を1人1人必死で思い出していく。


(ミカエルやルシフェルがここに居るとは思えない。熾天使はこの二柱だけ。ならば、私と同じ智天使か?ミカエルから離れる前は智天使のトップは私だった筈だが)


 アザレアは腕を組んで目を閉じた。


(勢力図がここ数百年余りで変わったか?)


 考え込むアザレアをトビアスが覗き込む


「どうしました?師匠......」


「いや、天使の事が少し気掛かりでね。しかし大丈夫だ、それは私がどうにかしよう。悪魔払いの件宜しく頼むよ」


 アザレアは二人を宿まで送ると、少し離れた建物の中に入り天使の姿に戻った。


「シスマだが、同じ主を崇拝する仲間だ」


 ラファエルは、ガブリエルが見た私より強い天使の方は、もう1人の天使を監視するために付けられた者ではと考えた。


 そして、弱い天使の方は悪魔を監視している。きっと、この悪魔は堕天使。ミカエルは堕天した天使を連れ戻す時にその天使の直属の上司や懇意にしている者を使う。


「きっと、天界で何かあったのだね。考え方が違っても、私は主を愛する天使。堕天使とは違う」


 ラファエルは大きな鳶色の翼を拡げて空高く羽ばたいた。


「おっと!裏切りの智天使様の登場だ」


 ウリエルは、星を瞬かせながら上空を飛ぶラファエルを見付けると、自分も天使の姿に戻ってラファエルめがけて飛び立った。


「お久しぶりですね。ラファエル様」


「ウリエル、お前だったのか?」


「貴方が我等の元から去って160年余りが経ちますね。人と戯れてらっしゃる。流石、かつて贄を欲しがり沢山の子供を喰らったチグリス川の主だ。今度は、家畜のように太らせ喰らおうという魂胆ですね?」


「冗談はやめろ!」


「相変わらず生真面目な方だ。冗談に付き合う器量も無いのか?」


 ウリエルは羽を繕いながら笑った。


「あの娘に付いている悪魔も仲間の天使だった者か?」


「あんな下々の者が仲間?アレは壊れた道具に過ぎない。修理さえ出来ない可燃ゴミですよ」


「性格は相変わらずだな。それでよく智天使が務まるものよ」


「智天使?」


 ウリエルは羽に付いていた埃を指で弾いてラファエルを睨み付けた。


「私がいつまでも貴方と同等の立場だと思っていたんですか?」


「確かに、たった100年余りで貴方は大分力をつけたようだ」


「私だけじゃありません。上から下々の者に至るまで全てが引き上げられ、我々の地上での力は磐石なものとなっている。今はもう地上には我々に楯突く神等居ない」


「それは、そなたの視野が狭いのだ」


「負け惜しみ程醜い言葉は無い。ならば、我々より強く高き者を私の前に連れて来るがいい」


「随時と傲慢になったな。一体何が貴方をそうさせたのか」


 ラファエルはもう掛ける言葉が見付からなかった。おそらく、同じ目的でサラに近付いているのだから協力したいと申し出たかったのに。


「あの娘に憑いている堕天使は私が外に出すが良いか?」


「それは、私が監視している天使の仕事だ。でも......まっ、それくらい昔の上司に花を持たせてあげてもいいか」


 ウリエルはそう言うと急下降をし、元居た広場に戻って行った。

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