第16話ルシフェルと茨の冠
断崖絶壁に建てられた白い石造りの神殿、冥王の1人ハーデスの従者モートとルシフェルの側近バアルの生家である。
ルシフェルは一時的にバアルの任を解いてモートとの接触を図らせていた。
「ルシフェル様、外出ならご一緒に」
ベリアルが人の姿を取っているルシフェルに話し掛ける。
「無粋な事を言うなベリアル、私が何をしに行くか分かっているだろ?」
モートの神殿近くに結界に守られた拠点を張ったルシフェルは、暇があれば人の町へ降り遊び回っている。今に始まった事では無いが、最近は日に日に回数が増え部下達も呆れていた。
「何時になったら冥界へ行けるんだ?」
「あの方は慎重なのさ」
「毎晩、毎晩。遊び歩いてお盛んだな。我等には鍛練を詰めと課題を置いて行くくせにな」
ルシフェルが居なくなると皆一斉に悪口を言う。それでもルシフェルの恐ろしさを知っているので裏切りを働く者は居ない。
「最近は体調が優れない様で、医務室に頭痛薬を貰いに行ってるぜ」
「頭が痛いのは俺達の方だ」
口々に文句を言う天使達の横でベリアルは悲しそうな顔で剣を研いている。
「ふんっ、残念だな。最近は夜伽に呼ばれてないみたいだ。お前の大好きなご主人様は今頃、下界の女と宜しくヤってるさ」
「......」
ベリアルは挑発に乗らず無言で剣を鞘にしまった。
下界に降りたルシフェルはいつも酒場に寄って浴びるように酒を飲んでいた。
「お兄さん、お一人?」
見た目はとても美しいルシフェル、別に誘ってないが座って居るだけでも女が寄って来る。
ルシフェルは手であっちに行けとジェスチャーすると、また酒を飲み始めた。
(薬や酒に溺れても、女を抱き快楽を貪ってもミトラの呪いは和らがぬな)
サリエルが生み出される少し前、先代が次の冥皇までの繋ぎに脇侍神たる己に託した冠は、日に日に重くなりルシフェルを苦しめていた。
四六時中続く頭痛、最初は母から託された冥王の冠に歓喜し、痛いながらもミトラ神の一族である事に誇りを持っていた。
(早く冥界への鍵を手にいれ、弟にミトラを渡さなくては......)
ルシフェルは手で顔を覆いまだ見ぬ弟の事を思う。
「ちょっと、いいかしら?」
ルシフェルが顔を上げると、娼婦らしき女が覗き込んでいた。
「まあ!素敵......。こんなに綺麗な殿方は初めてだわ」
「......来るがいい」
ルシフェルは女の手を引くと誰も居ない暗い路地へと誘った。
「んっく......」
ルシフェルが強引にキスをすると、女が手と足を絡めて来る。
「お代は要らないわ」
「......そうか......ならば私が貰おう」
ルシフェルは女の耳元で甘く囁くと、女の首を思いっきり締め捻り上げた。女は悲鳴を上げる間も無く絶命し果てた。
「ダメだな......だんだん私がダメになっていく。主よ、どうか私が私である内に弟へ会わせてください」
ルシフェルは建物の間から見える月に両手を広げて祈りを捧げた。
かの昔、地上に住む神々がミトラ神の力を畏れ作り出したとされる冠(ミトラ)。
ミトラを被れるのは、ミトラ神自身とミトラ神に最も近い性質を持つ脇侍神のみである。
(ああ......。どうして先祖はこんな契約を古の神々にしたのだろうか?)
この冠は一度被ると、ミトラ神かミトラ神の脇侍神に渡さない限り外れない。更に、悲しい事に脇侍神はミトラを拒否し放棄する事も出来ないのだ。
真の冥皇には、決してなれないのに。
(こんな茨の冠を被ってまで、ミトラス神は他の神々と戯れたかったのか?)
ルシフェルは痛い頭で必死に考える。ミトラ神に想いを馳せ、ミトラ神の思考に近付こうとする。
(こんな事をしても、私は所詮カウパティス。【神の命令】に従う者でしかない)
ルシフェルの目頭が熱くなる。どんなに尽くし愛しても脇侍神は脇侍神。主神には絶対に成れぬのだ。
「せめて、次の冥皇が私のメシアとなりますように......アーメン」
モートの神殿では、バアルの帰還を祝う宴の準備が着々と進んでいた。連絡は取り合っていたけど、親族神達の手前、ルシフェルの配下になった兄と直接会う事が出来なかったモート。
ルシフェルとの縁を切り、家族の元に帰りたいと言っていたバアルの願いがやっと叶ったのだ。
「宴は今までに無い程、豪華なものにする。親族全てを呼び、我が配下の死神、その眷属も全てを呼び寄せる。美しいハープの音色を奏で、死神を舞わせ、豪華な馳走を振る舞い兄の帰還を祝おうではないか」
モートはテーブルや花の位置に至るまで自ら指示を出しセッティングする。嬉しくて嬉しくて仕方がない。
少し離れたルシフェルの拠点では、天使達が望遠鏡でその様子を覗いていた。
「最後の晩餐になるとも知らず、いい気なものだ」
赤ら顔に豊かな黒い巻き毛を持つこの天使はルキフグス、バアルとはライバル関係にあった天使だ。
「よし!武器庫から鎧と武器を出し、全軍に配給しろ!」
既に黄金の鎧に身を包んだルシフェルが声高らかに指示を出す。辛い苦痛の中にあっても、この時のルシフェルは光輝き凛として美しかった。
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