第15話ベリアルとルシフェル

 全ての生きとし生ける者は輪廻転生を繰り返す。


 でもそれは永遠ではなく、何千回、何万回と繰り返した精霊は個人差はあれ、冥皇の守護下から外れ宇宙の果てまで旅に出る者もいる。


 今、冥界でミトラ神を崇め留まっている者達は、十分成長し力を持っているのに親から離れられず、未だにミトラ神に養われ、縛られている救済すべき天使達だ。

 ルシフェルとミカエルの冥界に対する共通した認識である。


「あの時、私があんなにも泣いて懇願したのに母は私を見捨て置いて行った。鍵を渡されたとしても、一度拒絶されたら素直に甘えられぬよ」


「貴方は冥界に恨みがあるのか?」


「お前だけには打ち明けよう。私は母たる冥皇にも、父たる主にも思うところがあるのだ。母が主の元へ通わなくなってから私は母の記憶が薄れぬように、自分を母の姿に少しずつ似せていった。本当に少しずつ少しずつ......まるで成長している様に」


 ルシフェルはベリアルの盃に葡萄酒を注ぎながら言った。


「暫くすると、父は私に執着し、頻繁に寝所にやって来るようになった」


「まさか......主が......」


 ベリアルは信じられないと言った顔付きでルシフェルを見つめた。


「お前だから話すのだ。原初の主はミトラスを愛していた。私が耐えらず母に泣きつき、偶像の妻を主に与えても、彼が死を迎えるまで関係は続いた」


「それなのにずっと主の子孫に仕えるのか?」


「そなたが私の立場ならどうする?気掛かりなのはミカエルだ。弟は父としての主しか知らんからね」


 ルシフェルは葡萄酒を一気に飲み干すと窓辺に立ち星を眺めた。


「母の意識も再生の時期に入り消滅してしまった。今は、冥界に彼女の忘れ形見が居る。私のもう1人の可愛い弟よ。脇侍神とはちがう、母の生まれ変わりしミトラの継承者よ」


 ベリアルは葡萄酒を一口飲むとコースターで盃に蓋をした。


「死神サリエル。彼の名も原初の主が付けたと言う。貴方よりも強い力を持つのか......」


「やがてそうなるだろう。だから動くなら今なのだ」


「弟君を殺すのか?」


「いや、我等は三位一体。全てを元のあるべき姿に戻し、主も冥界も手中に治める。我等がいと高く君臨し、盤石なる理想の世界をお前達に見せてやる」


「理想?貴方の理想とは何なのだ?」


 ルシフェルはベリアルに歩み寄ると耳元で囁いた。


「カオスだ......」


 ベリアルはその意味が分からなかったが、親愛なる大将軍の理想は己の理想そのものだと考えた。


「どんな未来が訪れようと貴方を支えましょう」


 ベリアルはルシフェルに膝間付き答えた。


「お取り込み中のところ失礼いたします」


 テントの外から、低くしわがれた声で呼び掛ける声の主は、モロク。元々はミカエルの眷属、今はモートの神殿とバアルの動向の監視を任せられている色黒の大男だ。


「入れ」


 ルシフェルが声を掛けるとベリアルは一礼し、モロクと入れ換わるようにルシフェルの元を後にした。


「バアルから連絡はあったか?」


 ルシフェルは燭台に火を灯すと、モロクからの報告書に目を通す。


「はい。3ヶ月後、モートの神殿でバアルの帰還を祝う宴が開かれます。冥界に派遣されている親族、部下も大勢招待されているとの事です」


「そうか、ではそのフィナーレを我等で飾ろうではないか」


「御意」


 モロクは報告を済ますと足早にルシフェルの元を去り、まだ少し先を歩いていたベリアルを呼び止めた。


「ベリアル!お前、あまりルシフェルに肩入れし過ぎるな!!」


「我等が将軍に心を寄せて何が悪い」


「お前はいつからルシフェルの小姓になったんだ?真の主を忘れたか?お前が仲間内で何と言われているか知っているか?」


「知っているさ。好きに言うといい。あの方の慰み者、名誉な事だ......」


 モロクはため息を着いて諭す様に言った。


「ミトラ神一族には、人を虜にする力があると言う。その力を行使する時は、対象を利用するためだ。しかも、ミトラの脇侍神は主神のためなら手段を選ばない。ルシフェルはまだ主神たる弟に会って無いので感情の芽生えがまだだが、おそらく出会ってしまったら主のみならず彼に悪意を向ける全ての者を排除するだろう」


「私が将軍の弟に嫉妬するようになると言いたいのか?」


「愛されていると思うな。私は内心、冥界に手を出すのは反対だ。お前のためでもある」


「......ありがとうモロク。だが愛してるのだ。どんな結果になろうとも」

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