第13話グリゴリの天使2

 シェムハザからグリゴリの天使達が禁を破り、下界の者と交わりを持った事を報告されたミカエルは頭を抱えていた。


「少し前に、会計係が大規模な不正を働き禁固刑に処されたばかりだと言うに」


 兄が居た頃は、皆兄の顔色を伺い、集会には師団長がどんなに忙しくても自ら参加していた。


 不思議なのは、ルシフェルはミカエルのように生真面目な性格では無く、主に対抗する宗教国家があれば王や枢機卿を誘惑し堕落に導いたり、暇が出来れば下界に降りて遊び歩いたりもしていたのだ。


 それでも皆良く仕え、問題を起こすような事もなく兄の真似をする者も居なかった。


 ルシフェルに多くの天使達を渡したが、自分の下にはまだ数百万にものぼる天使達が従えている。


 玉座の少し下、それでも全ての天使達が見渡せる程の高い位地に、純白に金の刺繍を施した司教冠にカズラ姿のミカエルがいた。


「皆の者、面を上げよ」


 ミカエルの一声で全ての天使達が一斉に顔を上げた。


「各々、人手が少ない中、それでも良く我が下に集まってくれた。本来なら冬至に召集すべきだが、期を早めたには訳がある」


 ミカエルが労いの言葉をかけると、ウリエルが集団の一歩前に出て応えた。


「敬愛なる総帥ミカエルよ。貴方が我等に召集をかけた理由は存じ上げている。ここ最近の我等同胞の醜態をお嘆きあそばされている事だろう」


 ウリエルは集団の方に向き直り叫んだ。


「グリゴリの長、権天使シェムハザよ前へ出よ!」


 シェムハザは憔悴しきった顔で集団の前に引き摺り出された。ミカエルはため息を着くとシェムハザの目を真っ直ぐに見つめて言った。


「権天使シェムハザ、そなたは何故に主から下賜された宝物を戯れに扱い、無垢な天使達を誘惑せしめたのか?」


「我等が総帥よ。神の御前の熾天使よ。全ては私の責任、無垢な者に色を与え、欲を芽生えさせた私の過ちなのです」


「私は、何故そのような行動を行ったのか聞いている!」


 ミカエルは少し語気を強めた。続いてウリエルがシェムハザの顔の前に剣を突き刺して言った。


「話しを反らすな。嘘偽り無く答えよ」


 シェムハザは地面を見つめゆっくりと目を閉じると一粒の涙をこぼした。


「私の子供に等しい、幼く愛らしいグリゴリの精霊。主は、この世の終わりまで監視せよとヘルモン山に縛り付けられたのだ。あの子達にはこの星の終わりまで同じ日々が訪れよう。あまりにも残酷で、この事実をあの子達に伝えられなかった」


「与えられた使命が残酷だと?そのために主が創られた精霊だ」


 ウリエルはシェムハザの前に刺した剣を引き抜き、シェムハザの頬に当てた。


「嘘偽りを何百回と繰り返し刷り込んでも、あの子達の体に埋め込まれた故郷が本能として自由を求め羽ばたくのだ。私はあの子達の鎖を切ってやりたくなった」


 シェムハザの言葉に周囲がざわめく。ミカエルは空を仰ぎ眉間にシワを寄せた。


(天空の父よ。我等が主よ。これは私に課した試練ですか......)


 ウリエルはミカエルの様子を見てシェムハザに諭した。


「我が神に尤も近き御使いの王子が、主からのお言葉を賜っている。そなたへの罰を畏まって受け入れるがいい」


 ウリエルが言い終えると天使達の注目は一斉にミカエルへと集まった。


「人と交わりを持った天使達は神の炎によって浄化し、全てを忘れ小さき塵に帰すだろう。戻らぬ子羊は、その親の手でもって主の前に膝まづき、裁きを待つがよい」

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