3—3
「城之内博士の研究は、もとはといえば、人間の延命治療を遺伝子レベルで、ほどこそうという試みだ。
城之内の開発したテロメア修復薬は、ざんてい的にだが、人間の寿命を延ばすことに成功した。成人の寿命を二倍にした。
同じく、城之内の開発した特殊培養液のおかげで、クローン体の育成が十六倍速で行うことが可能になった。
つまり、一年で十六さいに成長するクローンだ。母体なしでね。人工子宮で手軽に人間が造れるようになった。クローン体に脳を移植することで、さらに延命することができる」
「ですが、博士自身、この方法には限界を感じていたはずです。移植する脳が二、三十代の若い脳なら、じゅうぶんな延命になります。が、すでにテロメア修復薬で延命治療した高齢者の脳では、すぐに萎縮し、脳死をひきおこしますから」
「そうなると、惜しいのは、脳移植のさいに廃棄される、若い脳だ。もし、これに古い脳のもつ記憶を写すことができれば、人間は永遠の命をもつことができる。理論的にはね。博士は行方不明になる直前、この研究に着手してたんだ」
真也はおどろいた。
「なぜ、断定できるんですか? 公的に発表された博士の研究論文には、そんなことは、いっさい——」
真也の言葉をさえぎるように、プリンスが言い放つ。
「断言できるさ。我々は、博士の後年の研究資料を入手した」
プリンスは金庫から、ひとたばの書類をとりだした。真也の前に、むぞうさに投げてくる。
「資料やデータは他にもあるが、それを読めば概要はわかる」
真也はおそるおそる、資料を手にとった。
それは、恐ろしい内容だった。
人が神の領域に手をだした瞬間の記録……。
プリンスは真也が読むのを見ながら語る。すでに何度も読み返し、内容を把握しているのだろう。
「人間の記憶やパーソナリティは、けっきょく、脳内に形成された神経回路の形によるものだ。その形は個人によって千差万別。同一遺伝子のクローンでも、経験によって、二つと同じものにはならない。
だが、これを、もし人為的に刺激をあたえ、任意の脳と同一の回路を形成できれば……。
博士が目をつけたのは、ESPだ。エンパシー能力を人間が自在にコントロールできるようになれば、その能力を使って、記憶をコピーすることができると。しかし、当時の超能力者といえば、霊感、山勘の域を出ないものだった。人数も少ない。そこで、博士は遺伝子操作によって、エンパシストを人工的に造りだすことを試みた。それが、この研究の発端だ」
真也はプリンスの語る内容に遅れないよう、資料に視線を流す。
「当時、ヒトゲノムの解析は、とっくに終わっていた。それでも、遺伝子情報のどの部分がESPの発現に関係しているのかは謎だった。誰も探求しようとすらしてなかったからね。
博士は独自にその関係性をしらべた。あらゆるコネを使って、超能力者の遺伝子情報を手に入れた。その塩基配列をてらしあわせるうちに、いくつかの怪しい配列を見つけた。そう。今、おまえが見てるページだ。詳細なデータは、そこに載ってるとおりだ。
博士は、その部分をESP配列と呼んだ。ESP配列を持つクローン体を多数、作成した。それが最初の人造エスパーだ。
だが、最初の人造エスパーたちの能力は、博士が望むほど強い力ではなかった。従来のエスパーのコピーだからね。能力は不安定で、実験に役立つレベルではない。
博士は、さらに強い能力を持つエスパーを生みだすために、遺伝子組み換えをくりかえした。そして、実験をかさねるうちに、ある恐ろしい副産物を作りだしてしまった」
ページをめくった真也はドキッとした。
そこに載った写真は、どう見てもヘル患者だ。
「これ……ヘルですよね?」
プリンスは神経質そうなおもてを、シニカルにゆがめる。
「博士の作ったテロメア修復薬。あれを常用してるやつらのなかに、どういうわけか、超能力を得る人間が高い確率で現れる。博士は、そこに着目した。
その症状は人間にしか出ない。動物実験ではわからない副作用だった。博士自身も、あの薬を発表した段階では知らなかったことだ。
あらためて、自分の薬を研究した博士は、その結果にたどりついた。あの薬をかさねて服用すると、全身の数パーセントの割合で、遺伝子がミューテーションしてしまう。さらに服用を続けると、変異率は二乗で、はねあがっていく。
ほら、テロメア薬が発売されてから、しばらくして、とつぜん、発売に規制がかかったろう? 博士が緊急記者会見をひらいて説明した。テロメア薬には副作用が認められた。一人の人間が一生で使用できる回数を二度までにするって。
博士は副作用については、明白には語らなかった。だが、そのあと、あらゆる国の政府が、テロメア薬の使用回数に規制をかけた。博士が行方不明になったのは、この二年後だ」
真也は資料を見て、うなずいた。
「博士が行方不明になるまでの二年間。博士の研究内容は極秘だった。その極秘の資料が、真也。今、おまえが持ってる、それだ。
博士がおこなっていたのは、きわめて非道な人体実験だ。自分の造った人造エスパーに、テロメア修復薬をたえまなく投与し続けた。それによって、彼らの能力を強化するためだ。
テロメア薬が人体の遺伝子に起こす変異は、かならずしも一様ではなかった。が、ESPを開花させる、なんらかの要素を持つことだけは明らかだった。
その変異は遺伝子操作ではマネできないものだった。だから、博士は、そんな方法をとった。
薬を浴びるほど飲まされた人造エスパーのほとんどは死んだ。
皮膚はただれ、骨はねじれ、全身の細胞が壊死をおこして死んでいく。
遺伝子のミューテーションによって起こる変化に、細胞がついていけないんだな。
だが、成果がないわけではなかった。ミューテーション後も生き残った数人は、はっきりとESP能力が強化されていた。博士はテロメア薬がヒトゲノムを変異させる仕組みの解明に急いだ。
が、ここで博士は行方不明になった。あの、みぞうのパンデミックが引き起こされたのは、その数ヶ月後だ」
真也の手元の資料も、そこで尽きた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます