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そのまま時がすぎていれば、真也は探しにきた教団の信者に見つかり、つれもどされるだけだった。
罰を受けるか、そうでなくても、生きる目的を失い、屍のように無気力になるか。
だが、そうはならなかった。
それが運命だからだろうか。
真也は泣きつかれて眠っていた。失神に近かったかもしれない。祭壇に、もたれて、気を失っていた。
ふいに、背後から声がした。
「動くな! 手をあげろ」
びっくりして、真也は顔をあげた。
周囲には、防毒マスクをつけた迷彩服の男が数人、立っていた。マシンガンをかまえている。
教団の人間ではない。
装備が教団とは、くらべものにならないくらい充実してる。
あっけにとられて、真也は男たちをながめた。
彼らはトランシーバーをとりだして、なにやら話しだした。
「ええ。そうです。教団の子どもを一名、発見しました。いえ……イケニエではないようです……了解しました。ただちに帰還します」
そんな話をして、真也に向きなおる。両側から銃をつきつけ、むりやり引き立てる。
真也はさからわなかった。
もう何がどうなってもいい。
露彦は死んでしまった。
露彦のいない世界なら、生きている意味がない。
山間のわずかな空所にヘリコプターが隠されていた。もちろん、真也が見るのは初めてだ。父から話には聞いていた。パンデミック前は、こんな乗り物が、たくさん空を飛んでいたと。
真也は、そのなかに押しこまれた。
もしかしたら、軍用ヘリかもしれない。迷彩服の男たち全員が入っても、まだ空席がある。
かなり長い空の旅だった。
二時間か、それ以上は飛んでいた。
つれられていったのは、どこかの基地のようだ。
教団のあった新潟から、遠く離れた南の地。
数万人が暮らす教団施設を初めて見たときも、おどろいた。でも、ここは、さらに堅固で広い。
ヘリポート。滑走路。貯水タンク。ガスタンク。広大な海のようなソーラーパネル。戦車や戦闘機をおさめた格納庫。砲台まである。
見るからに、難攻不落の要塞だ。
(ぼくは……薬屋に捕まったのか)
それなら、それでいい。
早く実験台にでもなんでもして、殺してくれ——
ヘリから降ろされ、こうこうと電光のあふれる建物のなかへ、つれられていった。
ここでも、例のヘル検査紙をしゃぶらされた。血をぬかれたり、変な機械のなかをくぐらされた。
あげくに、この図形は何に見えるかだとか、数式や文字を書くテストまでされた。
そのあと、かなり長い時間、一人で放置された。
机とイスしかない白い部屋。
いよいよ、メスで切り刻まれるのかなと覚悟を決める。
これで、露彦のあとを追える。
露彦は疫神に食べられてしまった。
骨の一本、髪の毛ひとすじ残さず。
真也にできるのは、なるべく早く、露彦のあとを追うことだけだ。
考えながら待っていると、ろうかに足音がひびいた。一人ではない。複数のようだ。足音がドアの前で止まる。
すっと、音もなくドアがひらく。
教団の古い建物じゃ、音もなくドアがひらくなんてことなかった。そんな、ささいなことにも設備の差を感じる。
入ってきたのは、真也の見たこともないような、きれいな服を着た男。ずっと前に父に聞いた、スーツというやつだろうか。それも、かなり高価なやつ。
神経質そうな、のっぺりした顔。
メガネをかけた、きどった男だ。年は三十前後。
その男のまわりを何人もの、いかついボディーガードが守っている。薬屋のなかでも、そうとう地位のある男のようだ。
「この子どもか? IQ二百二十だって? 間違いないのか?」
メガネのまんなかを押しあげながら男は真也を見た。そのとき、ちょっと、虚をつかれたような顔をした。しばらく、放心したように見つめる。
「間違いありません。教育が未熟ですので、学力に難はありますが、暗記問題は一度でおぼえます」と、ついてきた白衣の男が答えた。
「間違いないならいいんだ。名前は……そうか。御手洗……」
メガネの男は、また一瞬、遠い目をする。
遠い昔を思うような。
でも、今度は、みずから、その物思いをふりきった。
「御手洗真也というんだな。おまえは、なぜ、あんな場所にいた? 教団のイケニエなら、もっと飾りたてられて、祭壇に、しばりつれられているはずだが?」
だまっていると、黒服のボディーガードが、おどしてきた。
「副社長のご質問に答えろ」
マシンガンは持ってない。が、小銃は持ってるようだ。ポケットに手をつっこんで、いかにも、今にも、とりだすぞというポーズを作ってる。
このまま答えないで撃ち殺されてもいいなと思った。でも、そのていどで殺すなら、わざわざ副社長が出向いてきたりはしないだろう。
「IQ二百二十って、めずらしいんですか?」
さぐりを入れてみた。
副社長は、ぴくりと、こめかみをふるわせる。自分の質問を無視されて、プライドが傷ついたのだろう。しかし、皮肉な笑みを浮かべ、外見上は鷹揚な態度をとる。
「ふつう、成人でも百から百三十のあいだだ。百六十以上は全人口の一パーセントに満たない。もっとも、その統計はパンデミック前のデータだが。人間の水準が、そうかんたんに変わるわけないからな。君のような優秀な頭脳を、わが社は切望している。君が研究員となって我々に貢献してくれるなら、わが社は君の待遇を保証しよう」
「研究員になったら、何をするの? ぼくみたいな、さらわれてきた子どもを切りきざんで、薬づけにするの? ぼくに悪魔の手先になれってこと?」
薬屋のプリンスは、顔をひきつらせた。
「人聞きの悪いこと言わないでもらいたいな。我々は人類の未来のために研究してるんだ。無知な教団の信者とは違う。崇高な目的があるんだ。その研究のために多少の犠牲がともなうとしても、しかたない。そうだろ? 君は人類の未来に、その頭脳をささげるか? それとも、君の健康な体で貢献するか?」
研究員になるか、実験台になるかの二者択一。
真也は考えた。
「その研究が成功したら、疫神をたおせる?」
「もちろん。そのための研究だ」
「じゃあ、やるよ。ぼくは氷河を殺す」
露彦のかたきをとる——そう思うことだけが生きる目的になった。
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