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しばらくして、見張りの男が帰ってきた。
手には酒びんを持っていて、一人で酒盛りを始める。着飾った露彦が、どれほど美しかったか、興奮した口調で語りながら。
そして、酔いがまわると、だんだん、真也を見る目が、いやらしくなってくる。
自警団にいたころは、真也はリーダーの息子だった。年も幼かったし、そういう対象にされることはなかった。
でも、大人たちが自分をどんな目で見てるかは知っていた。
なんで、ほかの子より優しくしてくれるのか。髪をなでたり、ミツバチの巣をくれたりするのが、なぜなのか。
真也より年上の少年が大人と抱きあってるのを見たこともある。
女は無菌のなかでしか生きられない。大人でも、数年に一度、子どもを作るときしか会うことが許されていなかった。だから、ふだんは年下の少年をかわいがるのだ。
教団でも、それは同じようだ。
見張りの男が、じろじろ真也を見るのは、そういうことだ。
「おまえもカワイイな。露彦にくらべると、純和風って感じだが。名前、なんてった?」
「……真也」
「真也か。酒、飲むか? 酒は飲まないか。ごちそうでも持ってきてやろうか? ほら、もっと、こっち来いよ」
「ぼく、ごちそうはいらないけど、トイレに行きたいよ」
男の目は、ますます、いやらしくなった。呼吸も荒くなってくる。鉄格子のあいだから手を入れて、あちこち、なでまわしてくる。ぞッとしたけど、真也は耐えた。
「いいか? おとなしくしてるんだぞ」
「うん」
男は出入口のカギのたばをとって、牢屋のトビラをあけた。男の魂胆は丸わかりだ。真也をつれだして、こっそり——というのだろう。
でも、これで牢屋をぬけだせた。
手をひかれるまま、ついていく。
外に出ると、予想に反して人影は、まったく見えなかった。みんな中央広場に集まってるのだ。広場のほうから音楽が聞こえる。ここからだと、建物がジャマになって広場は見えない。
これはチャンスだ。
「みんな、楽しそうだね」
「年に一度のお祭だからな。さ、来い。ほんと、カワイイな。おまえ」
トイレに来ると、男は薄暗い個室に真也を押しこみながら、自分も入ってこようとした。
「なんで、ついてくるの」
「おまえが逃げないようにだよ」
個室のなかには小さな窓がある。大人は、そこから出ることはできない。でも、真也なら、ぬけだせる。最初から計算の上だった。
「ぼく、逃げないよ」
「いいから、さっさとしろ」
男は急に、とびかかってきた。背後から真也を抱きすくめる。
「待って! ここじゃイヤだ。汚いし、いつ誰が来るか、わからないよ」
とっさに、真也はウソをついた。
「じゃあ、どこならいいんだ?」
「ろうやのほうがいいよ。誰も来ないし」
「自分で、なに言ってるか、わかってんのか?」と、男はニヤニヤ笑う。
「わかるよ。それくらい。大人が、ほかの子にしてるの見たことがある。ぼくは初めてだけど」
「そうか! 初めてか。よし、わかった。じゃあ、早く、すますんだ」
「うん。大きいのもしとくから、待ってて。途中で行きたくなったら、興ざめでしょ?」
「興ざめだってよ。ませた口きくなあ」
どうにか、男を手なづけた。
男が引き戸の外に出ていき、真也は一人になった。急いで、窓に、とびつく。山育ちだから、身軽なものだ。するりと窓をすりぬける。
そのまま、畑にむかって走っていった。うねのあいだをかけぬける。男が追ってくる前に、有刺鉄線を越えないと。
服がやぶれ、手足が傷つくのもかまわず、有刺鉄線をむりやり、ぬけだした。
教団の敷地のすぐ裏手に見えるのが、御神楽山。
疫神が住むという山だ。
標高は千三百メートルあまりというが、祭壇は山すそに近い山腹にあると、以前、聞いたことがある。
(露彦。待ってて。いま、助けに行くよ)
御神楽山をめざし、真也は一直線に、かけていった。
山道にそって、祭のノボリが立っている。
その道を進むと、しばらくして、ひきかえしてくる教団の信者たちに出会った。大きな御輿をかついでるので、遠くからでも、よく見える。
すかさず、木々のあいだに、かくれる。
信者たちは真也に気づかず、通りすぎていく。
「いやあ。いい斎宮だった。これで、また一年、安泰だ」
御輿のなかは、からだ。
露彦をおろしてきた帰りなのだ。
(急がないと。ぼくが逃げだしたことが、ばれてしまう。それに、露彦は——)
露彦は、まだ無事なんだろうか。
もしかして、もう、殺されて……。
いや、と真也は首をふる。
まだ、そうと決まったわけじゃない。
絶望してるヒマがあったら、急がないと。
信者の行列をやりすごして、真也は山道に戻る。
息が切れて倒れそうになっても、石がくずれて、ころんでも、ひたすら前をめざしていく。
(露彦。露彦。まにあって……)
この山のどこかに呪われた疫神が、ひそんでいる。
なのに、山中の景色は、おだやかで美しい。
のどかに鳴く鳥の声。
緑の葉をすかして、晴れ渡る青空。
そのなかを自分だけが汗だくになって、必死に進んでいる。むしょうに泣きたくなった。
いつも、こうして、自分は彼をさがしていたような気がする。いつも、いつも。目の前で、すりぬけていく彼を追いかけて。どこまでも。
(もう逃げるなよ。エンデュミオン……)
山あいに少し、ひらけた場所があった。
大岩を利用した祭壇がある。ノボリや垂れ幕で飾られて。
だが、そこに露彦の姿はなかった。
血が数滴、こぼれていた。
また、自分はまにあわなかったのだ。
「露彦……」
わきあがる涙に、景色がにじんだ。
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