1—3
その日は月に一度の散髪の日。
寮の建物の前にならんで、係の大人に一人ずつ髪を切ってもらう。
十二さいまでは丸坊主と決まってるので、真也は、ゆううつでならない。真也にとっては教団で初めての散髪の日だ。
自警団にいたころは、手先の器用な川崎が切ってくれていた。真也は、きれいな黒髪だから長めにしておこうと、ほかの子どもより、やや長くしていてくれたのだが。
「あーあ。今日から、ぼくもクリクリ坊主か」
「うん。でも、大丈夫だよ。ぼく、笑わないから」
そう言いながら、露彦はケラケラ笑ってる。
「そんなに笑うなよォ」
「真也なら、きっと可愛い小坊主になるよ」
「ひとごとだと思って!」
話してるうちに、係の大人がハサミやバリカンをもって、数人やってきた。しかたなく、真也はバリカン組のほうに歩いていく。
ところがだ。
真也が列の最後尾にならぼうとすると、ムチを持った監視の男が呼びとめた。
「見なれない顔だな。新入りか?」
聞いてくるので、小さく、うなずく。
「名前は?」
「御手洗真也」
「何さいだ?」
「十二」
そのあと、長いこと、男は真也をながめていた。それから、となりの露彦たち年長者の列を指さす。
「おまえは、あっちへまわれ。姫候補だ」
わけがわからなかった。が、丸坊主をのがれたので、急いで、露彦のところへ走っていく。
とうぜん、露彦は首をかしげた。
「どうしたの?」
「わかんないけど、こっちに行けって。ヒメコがなんとか言ってた」
そのとたんに、露彦の顔色が変わった。
露彦のそばにいた少年たちも、みんな、ふりかえって、真也をジロジロ見る。
「なんなの?」
真也はとまどった。
露彦は青い顔のまま答えない。
そのまま、散髪の列は短くなっていった。
露彦の番になる。
小さなイスに露彦がすわると、ハサミを手にした男が言った。
「ああ、露彦か。おまえはいいよ。毛先をそろえるだけにしとこう。そろそろ、のばさないとな」
「……はい」
意味のわからない会話。
真也は自分の散髪が終わってから聞いてみた。でも、露彦は教えてくれなかった。
その夜、真也は夜中に目がさめた。となりにいるはずの露彦の姿がない。ひと部屋に十人以上も子どもが、ざこ寝してるので、足のふみ場もない。誰かをふんで起こさないよう注意して、外に出た。
「……露彦?」
ろうかは無人だ。
電気も全部きえて、まっくらだ。
しばらく待ったが、露彦は帰ってこない。
寮の外に出たのかもしれない。
寮の玄関は施錠されていない。
そのかわり、教団施設は有刺鉄線で、かこまれている。門や要所に見張りがつき、マシンガンを持った夜警が一晩中、巡回している。
逃げだしたくても、かんたんには逃げられない。
だから、露彦を探しに外に出たが、見る場所は少ない。井戸やトイレにはいなかった。あとは敷地内の畑くらいか。
畑まで来ると、泣き声が聞こえた。
「露彦なの?」
声をかけると、露彦が、ふりかえった。サツマイモの葉のあいだに、しゃがみこんでる。
「なんで泣いてるの?」
となりにすわる。
露彦は真也の首に両腕をからめて抱きついてきた。
「ごめんね。真也。ぼくはもう、あんまり、真也のそばにいてあげられない」
「どうして?」
「ぼく、八月になったら十五だ」
ああ、それで泣いてたのか。寮を出ないといけないから——と思ったのだが……。
露彦は早口にささやく。
「覚悟はしてたよ。ぼくは物心ついたときには、教団にいた。自分が姫候補だってことも、そのころから知ってた。べつに教団のなかで生きてたって楽しいことなんてないし、それでもいいと思ってたけど……」
そう言って、真也の目をのぞきこんでくる。
「もっと早く会いたかったね。真也。でも、安心して。ぼく、言うよ。ぼくは喜んで姫になるから、真也を姫にしないでくれって。約束してくれないなら、死んでやるって言うんだ」
昼間の散髪のときも監視の男が言っていた。
姫候補が、どうとか。
「姫って、なに?」
たずねると、露彦は目をふせた。
「斎姫——斎宮のことだよ。年に一度のお祭で、十五になる男の子のなかから、一番きれいな少年が選ばれるんだ。ぼくは、さらわれてきたときに、氷河って疫神に言われたらしいから。十五になったら、姫にするようにって」
真也は背筋が寒くなるのを感じた。
「それって、疫神にささげるイケニエのこと?」
露彦は答えない。
でも、その悲しげな目を見れば、答えはわかる。
(そうだったのか……)
教団内部では、あからさまにイケニエの話をするのがタブーになってるのは、薄々、真也も気づいていた。
現場を目撃することはむろんのこと、ウワサも聞かなかったのは、こういうことだったのだ。
年に一度の祭——
(斎宮なんて言ったって、イケニエはイケニエだ。生きたまま疫神に引き裂かれて、食われるんだ)
真也は自分が教団に捕まった日のことを思いだした。真也の目の前で父を殺したバケモノを。
ウワサどおり、疫神は、みにくかった。
真也が見たのは三体。
皮膚が、ただれてウロコ状になっていた。手足は異様に長く、腕や指、鼻など体の一部が欠損していた。奇形を思わせて、全身の骨が、ねじれている。
こっけいなほど発達した筋肉。
その筋肉をやぶって、つきだした大きな皮膜状の羽やツノ。しかも、そういう突起は体のいたるところにあった。
顔もつぶれて正視にたえない。
だが、彼は違っていた。
父を殺した病魔の神。
疫神氷河だけは——
氷河は、美しかった。
たしかに全身はウロコにおおわれていた。皮膜の羽や突起もあった。
でも、氷河のウロコは青い鉱石のように輝いていた。りゅうりゅうとした筋肉は形がよく、骨格のねじれがない。他の疫神のようなアンバランスな歪みを感じさせない。
人ではない、別種の生物として見たとき、氷河は美しい。
憎いカタキ。氷河。
氷河のことを考えると、憎悪で総身が、ふるえる。
今また、あの疫神に大切な人をうばわれてしまう。
「ここから逃げよう。露彦」
氷河は憎い。いつか、一矢むくいたかった。
でも、露彦の命には、かえられない。
今度こそ、どんなことがあっても守るのだ。露彦を。
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