四章 ヘル・アース
1—1
1
有刺鉄線をはりめぐらせた広い敷地。
教団のマークをペンキで白く描いた門扉。
その前で、馬車は止まった。
狩り集められた子どもたちは、おろされ、一列に並ばされる。ヘルの感染を調べる検査紙をしゃぶらされた。だ液に反応して、色が変わるやつだ。
ここで、子どもは二手にわかれた。ほとんどは、そのまま並ばされた。が、ときどき、悪い実をまびくように、列から離される子どもがいる。
感染者なのだ。
哀れみと、ゾッとするような気分を同時に感じる。
だが、真也も他人の心配はしてられない。
真也は疫神に殺された父の血にふれた。感染してるかもしれない。
検査紙をつっこまれたあと、それを出すまでのあいだ、これ以上速く打てないほど、心臓が早鐘を打つ。
やがて、
「よし。陰性」
ドンと列に戻されて、真也は、ほっとした。
(よかった。ぼく、感染してなかった……)
まだ生きていられるんだという実感が、ふつふつと、わいてくる。父を殺され、母をさらわれ、仲間も、みんな死んでしまったが、それでも、今、生きている喜びには逆らえなかった。
自分で思っているより、ずっと、生に執着してたのだと知って、真也の心は変わった。
何があっても、絶対に生きぬいてやると。
そして、相討ちでなくてもいい。せめて、父を殺した、あの疫神に、一矢むくいてやると。
だから、そのあと、着ている服を全部、うばわれて、頭から消毒薬をあびせられても、教団のマークの入った趣味の悪い服を着せられても、さからわなかった。
門のなかへ入ると、いくつも建物があった。
子どもたちは一番手前の木造の建物に、つれていかれた。
日暮れどき。建物のなかは薄暗い。
つれていかれたのは食堂だ。
小さな裸電球ひとつのもと、長いテーブルと、たくさんのイスがならんでいる。
そこには、さきに住んでいた子どもが五、六十人はいた。お皿ののったトレーを手に、一列にならんでる。七、八さいから十四、五さいの少年だ。
「新しく入ったやつらだ。寮での生活を教えてやれ」
そう言うと、大人は去っていった。
監視も、ついてない。なんだか、ひょうしぬけだ。
(タカシたちとも別にされちゃったな)
同じ自警団にいた仲間は、別の似たような建物に、つれていかれたようだ。ここに、つれてこられたのは、六人ほど。みんな、ぼうぜんとしていて、話し相手になりそうもない。
しょうがないので、真也は並んでいた少年の一人に声をかけた。つまり、列の最後にいた寮の少年だ。
「ぼく、御手洗真也。君は?」
少年は顔をそむけて、真也を無視した。
真也は、くじけそうになった。でも、とにかく、現状についての説明がほしい。
いつも、こんなふうに大人の監視はないのか、とか。別れ別れになった仲間とは、どうやって会えるのか、とか。疫神はどこにいるのか、とか。
真也だって、ほんとは見ず知らずの子どもと話すのは得意じゃない。なにしろ、山奥の洞くつのなかで、全員が親戚関係のあるような小さな自警団で育ったのだ。
だけど、疫神に近づく方法だけでも、どうにかして知りたい。勇気をふりしぼって、何度も話しかけた。陰気そうな目をした少年で、見てるだけで気が滅入るのだが。
「ねえ、君。同い年くらいだろ? 友達になろうよ。いろいろ教えてほしいんだ」
「………」
「いつから、ここで暮らしてるの? ウワサでは、教団に捕まったら、すぐに疫神のイケニエにされるって聞いたのに」
ふつう、捕まったばかりの子どもが恐れてるのは、このことだろう。だから、真也は怪しまれるようなことを言ったわけではないはずだ。なのに、いきなり、少年は激昂した。
「疫神さまの悪口を言うな! 疫神さまは、おれたちを守ってくださる、ありがたい神さまだ」
ふだんなら、真也はケンカなんて絶対にしない。年のわりに、かなり慎重なほうだ。
しかし、このときは普通の状態じゃなかった。
その『ありがたい神さま』に、目の前で親兄弟を殺されたばかりだ。さすがに、カチンときた。
「じゃあ、そのありがたい神さまが、なんで人間を滅亡させる病気なんか流行らせたんだ? それだけじゃない。コミューンを次々おそって、罪もない人間をさんざん殺してきたんだぞ」
つい感情にまかせて言いかえした。
冷静に考えれば、ここで騒ぎをおこせば、教団の大人の耳に入るかもしれない。真也は不穏分子として早々に処分されてしまうかもしれないのだ。
でも、言わずにはいられなかった。
少年は、さッと顔色を変えて、にらみつけてきた。
「だから、ムカつくんだよ。だまされてたのも知らないで。
いいか? 疫神さまが壊滅させるのは、全部、薬屋と取り引きのあるコミューンなんだ。自分の子どもを薬屋に売って、身を守ってる卑怯な親たちだけなんだよ」
カッとなって、真也は、なぐりかかっていった。
そんなわけない。
父がコミューンの子どもを薬屋に卸してたなんて。
そんな侮辱、絶対にゆるせない。
つかみあいのケンカになった。
まわりの子どもたちが、遠巻きに見ながら、さわぎだす。年かさの少年たちが数人、かけよってくる。
そこへ——
「なにしてるの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます