四章 ヘル・アース

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有刺鉄線をはりめぐらせた広い敷地。


教団のマークをペンキで白く描いた門扉。


その前で、馬車は止まった。


狩り集められた子どもたちは、おろされ、一列に並ばされる。ヘルの感染を調べる検査紙をしゃぶらされた。だ液に反応して、色が変わるやつだ。


ここで、子どもは二手にわかれた。ほとんどは、そのまま並ばされた。が、ときどき、悪い実をまびくように、列から離される子どもがいる。


感染者なのだ。


哀れみと、ゾッとするような気分を同時に感じる。


だが、真也も他人の心配はしてられない。


真也は疫神に殺された父の血にふれた。感染してるかもしれない。


検査紙をつっこまれたあと、それを出すまでのあいだ、これ以上速く打てないほど、心臓が早鐘を打つ。


やがて、


「よし。陰性」


ドンと列に戻されて、真也は、ほっとした。


(よかった。ぼく、感染してなかった……)


まだ生きていられるんだという実感が、ふつふつと、わいてくる。父を殺され、母をさらわれ、仲間も、みんな死んでしまったが、それでも、今、生きている喜びには逆らえなかった。


自分で思っているより、ずっと、生に執着してたのだと知って、真也の心は変わった。


何があっても、絶対に生きぬいてやると。


そして、相討ちでなくてもいい。せめて、父を殺した、あの疫神に、一矢むくいてやると。


だから、そのあと、着ている服を全部、うばわれて、頭から消毒薬をあびせられても、教団のマークの入った趣味の悪い服を着せられても、さからわなかった。


門のなかへ入ると、いくつも建物があった。


子どもたちは一番手前の木造の建物に、つれていかれた。


日暮れどき。建物のなかは薄暗い。


つれていかれたのは食堂だ。


小さな裸電球ひとつのもと、長いテーブルと、たくさんのイスがならんでいる。


そこには、さきに住んでいた子どもが五、六十人はいた。お皿ののったトレーを手に、一列にならんでる。七、八さいから十四、五さいの少年だ。


「新しく入ったやつらだ。寮での生活を教えてやれ」


そう言うと、大人は去っていった。


監視も、ついてない。なんだか、ひょうしぬけだ。


(タカシたちとも別にされちゃったな)


同じ自警団にいた仲間は、別の似たような建物に、つれていかれたようだ。ここに、つれてこられたのは、六人ほど。みんな、ぼうぜんとしていて、話し相手になりそうもない。


しょうがないので、真也は並んでいた少年の一人に声をかけた。つまり、列の最後にいた寮の少年だ。


「ぼく、御手洗真也。君は?」


少年は顔をそむけて、真也を無視した。


真也は、くじけそうになった。でも、とにかく、現状についての説明がほしい。


いつも、こんなふうに大人の監視はないのか、とか。別れ別れになった仲間とは、どうやって会えるのか、とか。疫神はどこにいるのか、とか。


真也だって、ほんとは見ず知らずの子どもと話すのは得意じゃない。なにしろ、山奥の洞くつのなかで、全員が親戚関係のあるような小さな自警団で育ったのだ。


だけど、疫神に近づく方法だけでも、どうにかして知りたい。勇気をふりしぼって、何度も話しかけた。陰気そうな目をした少年で、見てるだけで気が滅入るのだが。


「ねえ、君。同い年くらいだろ? 友達になろうよ。いろいろ教えてほしいんだ」


「………」


「いつから、ここで暮らしてるの? ウワサでは、教団に捕まったら、すぐに疫神のイケニエにされるって聞いたのに」


ふつう、捕まったばかりの子どもが恐れてるのは、このことだろう。だから、真也は怪しまれるようなことを言ったわけではないはずだ。なのに、いきなり、少年は激昂した。


「疫神さまの悪口を言うな! 疫神さまは、おれたちを守ってくださる、ありがたい神さまだ」


ふだんなら、真也はケンカなんて絶対にしない。年のわりに、かなり慎重なほうだ。


しかし、このときは普通の状態じゃなかった。


その『ありがたい神さま』に、目の前で親兄弟を殺されたばかりだ。さすがに、カチンときた。


「じゃあ、そのありがたい神さまが、なんで人間を滅亡させる病気なんか流行らせたんだ? それだけじゃない。コミューンを次々おそって、罪もない人間をさんざん殺してきたんだぞ」


つい感情にまかせて言いかえした。


冷静に考えれば、ここで騒ぎをおこせば、教団の大人の耳に入るかもしれない。真也は不穏分子として早々に処分されてしまうかもしれないのだ。


でも、言わずにはいられなかった。


少年は、さッと顔色を変えて、にらみつけてきた。


「だから、ムカつくんだよ。だまされてたのも知らないで。


いいか? 疫神さまが壊滅させるのは、全部、薬屋と取り引きのあるコミューンなんだ。自分の子どもを薬屋に売って、身を守ってる卑怯な親たちだけなんだよ」


カッとなって、真也は、なぐりかかっていった。


そんなわけない。

父がコミューンの子どもを薬屋に卸してたなんて。

そんな侮辱、絶対にゆるせない。


つかみあいのケンカになった。

まわりの子どもたちが、遠巻きに見ながら、さわぎだす。年かさの少年たちが数人、かけよってくる。


そこへ——


「なにしてるの?」

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