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トウドウも、まじめな顔だ。白衣の下にマンガキャラクターのプリントシャツを着てるくせに。
「じゃあ、早く助けてあげないと、また崩落事故みたいなことが起こるってことですか? たしかに今はブラックボックスに入ってるけど、部屋ごと、つぶれてしまったら、外にも影響が出ますよ」
「あのときにくらべたら、ユーベルは念動力のコントロール法を学んだ。何か起こったとしても、あれほど、ひどいことにはならないだろう。
私が案じてるのは、むしろ、ユーベル自身だ。ユーベルは自分が罰され、不幸な死にかたをすると思いこんでる。そんなふうに信じてる人間がサイコキネシスをもってれば、どうなるかな?」
「能力が自己破壊に向かうでしょうね」と言って、トウドウはハッとする。
「ジャリマ先生。もしかして、あのヤケド……」
「その可能性はある」
サリーたちが助けだしたときに負っていたヤケド。
あれも、自分を殺そうとするユーベル自身の能力が原因かもしれない。
キャロラインはアメジスト色の瞳に涙を浮かべる。
「わたし、あの子のことは好きじゃないけど、でも、かわいそうだわ。なんとかできないの?」
「君が、あの子をきらうのは、あの子が私に色目を使うからだろう? ユーベルが恐怖に打ち勝って、自立してくれれば、そんなこともなくなるよ」
泣きべそをかいたキャロラインが、かるく、にらんでくる。じつに、愛らしい。やっぱり、これまでのどの彼女より、心にかなう反応を返してくれる。
「いいわ。じゃあ、早く助けましょうよ。どうするの?」
「ユーベルは、なぜかエンパシーをコントロールできない。サイコキネシスは、ほぼ完全に制御できるようになったのにね」
エンパシーに関しては、サリーが直接、指導してきた。本来なら、サイコキネシスが制御できるのだから、エンパシーもできるはずだ。完全な非制御型なら、エンパシー以外のコントロールもできない。
だから、今のユーベルは、一時的にコントロール能力が停滞してる状態だと思われる。たぶん、自分の夢を全宇宙にバラまくなんてムチャをしたせいだ。
かんたんに言えば、エンパシーを使うことに疲れてる。
「つまり、ユーベルは今、外部から侵入するエンパシーに無防備だ。中途半端にコントロール法をマスターして、こっちを排除されるより、やりやすい。睡眠中のユーベルにサイコダイブしよう。ユーベルの夢の世界に入って、魔王を退治するんだ」
「危険すぎるわ。たとえ魔王をやっつけたとしても、ユーベルが恐怖を克服しなければ、何度でも復活するじゃない。万一、ユーベルの恐怖心に飲みこまれてしまったら、もどってこれなくなる」
「むろん、今回も行くのは私一人だよ。君たちには以前のように、私の補佐をしてもらいたい。心配いらないさ。ユーベルだって、生きたい、自由になりたいと願うから、助けを呼んだんだ。きっと協力してくれる」
サリーが言いだしたら聞かないことを二人は熟知している。キャロラインもトウドウも、それ以上、むだに反対はしなかった。
「今夜からですか?」と、トウドウ。
「ユーベルの夢にはタイムリミットがあるらしい。夢の時代と現在がまじわるとき、自分は死ぬと、ユーベルは思ってる。おとついには二十世紀に入ってる。もうあまり時間がない。我々に残された機会は二、三度しかないだろうね」
「わたしとトウドウが交代でつくのね? 前のときには、あなたの夢にはエンデュミオンは現れなかった。それで、トウドウが実験台になったんでしょ?」
「あれはエンデュミオンが来るのを待ってたからだ。今度は私のほうからユーベルの夢に入っていく。エンデュミオンと接触できないってことはないよ」
「ユーベルには、なんて言うの?」
「ありのままに話すさ。君のなかの魔王を退治してあげると。魔王は死んだとユーベルが思えば、恐怖心はわいてこない」
「賭けよね」
「賭けだね。だが、ほっとけば、ユーベルは死ぬ」
その夜から、サリーたちは実行に移った。
入院してからは、ユーベルも毎晩、その夢を見るわけではないらしい。
必ずしも、すぐにチャンスが来るとは思っていなかった。事実、その夢が現れたのは、九日後のことだ。
「おやすみ。ユーベル」
「おやすみ。サリー。でも、サリーと二人きりなら、もっと嬉しいのに」
実験のために、シングルベッドを二つならべて、ダブルサイズにしている。
ユーベルはクスクス笑いながら、サリーの手をにぎってくる。
助手のキャロラインがお菓子の家の魔女みたいな目で、ユーベルをにらみつける。
「いい子だから、早く眠りましょうね。ジャリマ先生は、あなたを助けるために、こうしてるのよ」
ユーベルは「ね? 怖いでしょ?」と言わんばかりの目で、サリーを見つめる。が、反論はしないで目をとじた。まもなく寝息が聞こえる。
サリーはユーベルの夢のなかへ入っていった。
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