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夜が明けはじめていた。
八方を鉛でかこまれた病室にも、投影装置が外の景色を映しだしている。
明けそめる空に、ぼんやりと薄れゆく青い地球光。
一晩中、語り続けて、ユーベルは疲れて眠っている。可愛い寝顔を見ながら、サリーは考えた。
(魔界の王子エンデュミオン。これまでの夢で、不幸にして死んでいった少年たちは、すべて彼の生まれ変わりだったというのか? 彼が人の世に転生する炎に飛びこんだから?)
夢の内容が、すべて、じっさいにあったことだというのか? ユーベルは強力なエンパシー能力で、過去の自分の記憶を読んでいたのだと?
それじたいは、ありえないことだ。
人間の無意識の心が生みだした異世界だとか、人間と精霊が混血して生まれた悪魔たちだとか。そんなものは科学では立証できない。
だが、ユーベルの話を全面的に真実だと仮定すると、これまで説明できなかった、いくつかの点に解答が見られる。
生きる時代や名前は違っても、夢の主役たちが『エンデュミオン』のパーソナリティで、つらぬかれていなければならなかったわけ。
そのパーソナリティの由来。
時間を超越して存在する予言者。
呪い——
夢の一つ一つでは意味をなさなかったものが、壮大なストーリーとして認識される。
そうだ。ストーリーなのだ。
エンデュミオン・シンドロームの患者が始めのうち、誇大妄想狂と思われていたのもしかたがない。おおもとになるエンデュミオンが、そうなのだから。
エンデュミオンは、ユーベルの原罪として創造された、もう一人のユーベルだ。ユーベルが不幸なのも、幸福になれないのも、すべては彼のせい。
ユーベル自身は何も悪いことをしてないのに、大人たちにヒドイことをされて、つらい日々を送らなければならないのは、全部、エンデュミオンが悪いから。
そう思うことで、ユーベルは現実の自分にくわえられる痛みを、心理的に軽減しようとした。
多重人格というほどには、完全に人格が解離しているわけではないが、心の働きは同じだ。空想に逃げこむことで、自分の現実を虚構的にとらえている。
幼いころに拉致され、監禁されてきたユーベルには、そうすることでしか、つらい現実から逃れるすべがなかった。
さまざまな過去の時代で、別の人間として生きる夢を見たのは、そんなユーベルの心をとてもよく反映している。
文字どおり、ユーベルは生まれ変わりたかったのだ。
別の誰かになって、自由に生きてみたかった。
だが、じっさいには、そこが空想の世界であり、現実からは逃れられないことを、心のどこかで自覚していた。
それが呪いという形で現れ、登場人物たちは現実の世界のユーベルの人生をなぞるかのように、不幸にしか生きられない。
エンデュミオンを呪いで呪縛する予言者——すなわち魔王は、ユーベルをぎゃくたいする男たちへの恐怖心そのものが形となっているのだ。
魔王から逃げだすのは悪いことであり、罰されるのだ、という恐怖心だ。逃亡をこころみれば、むごい罰を受けるのだという思いこみ。たとえ、それが夢の世界でも。
おそらく、二さいのユーベルをさらった本人のプリンス・チャーミングが、言葉や暴力で徹底的に、そう思いこませた。
そのインプリンティングが、あまりに強烈なので、自由になった今でも、ユーベルはその恐怖から逃れられないでいる。
自分は彼から逃げだそうとしてる悪い子だ。だから、きっと恐ろしいめにあって死んでしまうに違いない——そう、ユーベルは感じている。
それはもう、プリンス・チャーミング個人への恐怖を通りこし、男たちが与える罰そのものへと、恐怖が一人歩きしてしまっている。
(これは根が深いな)
ユーベルが男の愛人をほしがるのは、そのせいだろう。
ユーベルが欲してるのは、肉親の情でも、恋人でも、セックスの相手でもない。
ユーベルをドレイにしてくれるマスターなのだ。マスターに『お仕え』してるあいだは『いい子』なのだから。罰される心配はない。相手はサリーでも、トウドウでも、ほかの誰でもいい。
だが、それで誰か新しいマスターができたとしても、根本的な解決にはならない。ユーベル自身が自分の現実と向きあって、心に巣食う恐怖心を克服しないかぎり、魔王は消えない。幸福になることはできない。
(魔王を撃退すればいいわけだ)
プリンス・チャーミングの幻影からユーベルを助けだしたように、ユーベルの分身であるエンデュミオンも、魔王から救いだせば、今度こそユーベルは心の檻から解放される。真に自由になれる。そのとき、ようやく呪いは解ける。
その日、サリーはキャロラインとトウドウに、この話をした。この日はユーベルの定期検診の日だったので、三人でスタッフ休憩室に行き、話しこんだ。
「……信じられないわ。いいえ、でも、それなら、なぜ、救助を求める信号が、あんな夢の形で発されたのか、わかる。あの夢は意味もない妄想だと思ってたけど、そうじゃなかったのね。あの夢そのものがメッセージだったんだわ。あなたの言うとおりよ。サリー。ユーベルは呪いをといてほしかったのね」
「そう。おそらく、三区のリーダーが暴力的な主人で、命の危険を感じてたのも事実だろう。彼から逃げだしたいと思えば思うほど、そんなふうに考えるのは悪いことだ、罰されるという恐怖心がつのった。ユーベルがほんとに逃げたかったのは、その恐怖心だ」
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