3—2
そのまま、数日がすぎた。
最初は、わけがわからなかった。
そのうち、耳でおぼえた、あやふやなアラビア語で、おおよその事情を知った。
フランシスを買ったのは、あの男。スルタンに仕える軍人だ。なかなかの金持ちで、フランシスを愛人にして、こよなく溺愛している。その男が、工事現場の監督からセルジュを買いとった。
「あんたは、ほんとに、いい弟を持ったよ。でなけりゃ、石切場あたりで死んでただろうからね」と、サラセン人の召使い女は言う。
ドレイとして買われたのだから、セルジュの仕事がなくなるわけではなかった。あいかわらず、目がさめてから日が暮れるまで、こき使われた。
でも、仕事は建築場の重労働にくらべればラクなものだ。ムチで打たれることもなくなった。
ただ、フランシスに会えないことが、さみしい。
ようやく会えたのは、二週間もたってからだ。
フランシスは主人がいないすきに、こっそり忍んでセルジュに会いにきた。庭木に水をまいてたセルジュを見つけると、さっと腕をつかんで、木陰につれこむ。
再会したときから気づいていた。
二人のあいだに、もう言葉はいらなくなっていた。
どちらからともなく抱きあい、激しく愛をむさぼった。
それから幾度も、そんなことが、くりかえされた。
フランシスの主人は嫉妬深く、二人が会うのは容易ではなかった。二人は周囲の目を盗んで、つかのまの逢瀬をかさねていった。
月の美しい夜だった。
「こんなこと、前にもあったね。月のきれいな晩に、君をたずねていったよ」と、フランシスは、ささやく。
「そうだったかな。いつ?」
「さあ、もう忘れた」
二人は抱きあって、とても幸せだった。
満ちたりていた。
今この瞬間が、永遠に続けばいい。
「ぼく、子どもだったね。おろかで考えなしだったよ。家から逃げだしたかったんだ。聖地につきさえすれば、なにもかも、よくなると信じてた。ごめんね。セルジュ。神なんて、いないのに」
「そんなことないさ。神さまはいるよ。だって、君に会えたじゃないか。今、こうして」
フランシスの青い瞳に涙が、あふれてくる。
「そうだね。君と会えた。それだけでいい」
まぶしい月影。
鈴の音がしている。
その音が、しだいに強くなり、月明かりに幻想的な南国の庭を人影が、よぎった。
不吉な姿だ。
サラセン人の女たちのまとうチャドルのような黒い衣を、頭から、かぶって顔をかくしている。
男だろうということだけは、判別できた。
ひたいにつけた鈴が、男が歩くたびに音をたてる。
禍々しい音が庭じゅうに、ひびきわたり、夢の波動をこわしていく。
「まだわからないのか。そなたに救いなどない。そなたが神と呼べるのは、ただ一人。この私なのだからな」
フランシスの姿が変化していた。
黒髪は日輪のような、まぶしい金色に。
顔立ちは、ますます美しく、神々しいまでに。
「……思いだしたよ。そうだね。ぼくらは、このあと、二人でいるところを見つかる。嫉妬に狂った主人に、セルジュは殺される。ぼくは、その死体といっしょに、タルに詰められて、海に流され、おぼれ死ぬんだ。いつも、そうだった。いつも、ぼくは幸せになれない。あなたがジャマするんだよ。
なぜなの? ぼくをいらなくなって捨てたのは、あなただろう? もう自由にしてよ。父上!」
夢の世界が遠くなる。
「エンデュミオン……?」
せいいっぱい念をこらして、サリーは呼びかけた。
ぼやけだしたエンデュミオンの像が応える。
「呪いをといて。おねがい……」
サリーは覚醒した。
アラバマシティホテルのスマートな寝室で、トウドウの手をにぎる自分を発見する。
トウドウはうなされていた。
眠りながら涙をながしている。
「おねがい……助けて。待ってる……から。呪いを……」
これ以上は、トウドウの身が危険だ。
トウドウは感受性の強いAランクのエンパシストだから、これ以上、続けると、このまま、もとに戻らなくなってしまうかもしれない。
「トウドウ! 目をさませ。しっかりしろ」
ほおをたたいたが反応がない。
大急ぎで、両耳に一つずつ、制御ピアスをつけた。
トウドウは一瞬、こわばり、白目をむいて動かなくなった。失神したのだ。
しばらくして、脳波が正常な眠りの状態になった。
サリーは安心した。
「これなら心配ないな」
それにしても、今夜の夢は、なんだったんだろう。
夢に出てきた、あの男は?
彼はエンデュミオンの良識のイメージする賢者ではなかったのか?
それに、エンデュミオンが彼に向かって投げた言葉の数々は……。
(魔神の呪い。彼だけが、エンデュミオンの唯一の神——)
考えなければならないことが、たくさんある。
なのに、疲労にさからえない。
サリーは体力を使いはたし、そのまま寝入った。
今度は、朝まで目ざめなかった。
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