2—4
行軍のあいだは、連綿と続く苦痛だった。
今度こそ、死んでしまうかもしれないと、何度、思ったことだろう。
「フラン……君が行かないなら、僕も……行かない」
「セルジュ……」
もし、そのとき、あの声が聞こえなかったら、二人の人生は、ここで渇いて終わっていた。
あるいは、そのほうが、いっそ幸せだったかもしれないが。
「水だ! 水がある!」
川が干上がったあとの水たまりだった。
それでも、少年たちには神の奇跡に思えた。
きそって水たまりに、とびつき、わずかの水をうばいあった。
セルジュはフランシスと支えあって、その水を飲んだ。
「助かった……助かったんだよ。ぼくたち」
「うん」
その夜、二人は街道に寝そべりながら、いろいろな話をした。
「やっぱり、ぼくたち、神さまに守られてるんだね。セルジュ」
「そうだね」
「あの水たまりだって、もう少しあとなら、枯れてた」
「そうだね。でも、あんまり、しゃべると、明日が、つらくなるよ」
「うん。ぼくたち、必ず勝つよ。サラセン人をけちらして、聖地をとりもどす。そしたら、ぼくたち、英雄だね。国じゅうを凱旋して歩いて……それとも、聖地を守る騎士になろうか。テンプル騎士団みたいな騎士団作ってさ」
フランシスは、そうなることを信じて疑ってない。
セルジュには不安もあったが、そうであればいいと強く願っていた。フランシスが、そう望んでるから。フランシスのために、そうであってくれたらいいと。
「大丈夫だよ。きっと、そうなる。かならず神の奇跡は起こるよ」
切ないほど願ってたのに。
マルセイユについたとき、海は干上がって道を作りはしなかった。
馬車で先頭を行っていたステファンをなじって、帰っていく子どももいた。
けれど、セルジュとフランシスは、多くの子どもと同様、その場に残った。
フランシスは最初から家をすてるつもりで来ている。家を逃げだす口実さえあれば、それでよかったのだ。
「大丈夫。きっと、奇跡は起こるよ。きっと……」
フランシスは、まだ願ってる。
でも、奇跡は起こらなかった。
ステファンのうたい文句のようには、海水が蒸発して、陸になったりはしなかった。
エルサレムに行くためには、どうしても地中海を渡るしかないのに。
セルジュは待っていた。
もう帰ろうよと、フランシスが言ってくれるのを。
このまま奇跡が起きなければ、いつかはフランシスも、あきらめてくれる……。
だが、奇跡のかわりに親切な大人たちが現れた。船を仕立てて、聖地まで、つれていってくれるという。
子どもたちは、とまどった。
でも、疲労しきっていたし、いつまで待っても奇跡の起こる気配はない。
きっと、これが神さまのご加護なんだ。奇跡の内容が、ほんのちょっと変わっただけ……。
フランシスは手放しで喜んでいた。
セルジュは、なんとなく、変な気がしていた。
ちょくせつ大人たちと話したわけじゃないから、よくわからないけど。どうして、そんなに親切にしてくれるんだろうとは思った。
とはいえ、フランシスが行くというのだから、行かないわけにはいかない。
七せきのガレー船が子どもたちを乗せて出航した。
船旅は決して快適とは言えなかった。ゆれるし、せまい船室に、たくさんの子どもが押しこめられて、身動きするのも苦しい。
嵐にあって、二せきが沈んだ。
それに、船員たちの目つきが、なんとなく怪しい。
自分たちを品定めするように見ている気がする。
それでも、最低限の食物は与えられた。
行軍のあいだよりは、ずいぶんマシになった気がした。
「試練が終わりに近づいてるからだよ。僕らの勝利は、もう目の前なんだ」
フランシスに笑いかけられれば、セルジュも嬉しい。
(そう。きっと、もうすぐ、何もかもよくなる。きっと。だって、こんなふうに明るく笑うフランを、何年ぶりに見ただろう。きっと、神のみわざなんだ)
信じてたのに、待っていたのは、残酷な運命だった。
港についたとたん、親切な大人たちは豹変した。
子どもたちはナワで縛られ、ドレイ市場へ、つれていかれた。
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