2—3


トウドウはマインドブロックなしで眠ってしまう。


サリーはトウドウの寝顔を見守った。


一時間もすると、とじたまぶたの下で、眼球がキョロキョロし始める。


サリーは両手でトウドウの手をつつみこんだ。


トウドウの夢のなかに、自分の意識をもぐりこませる。


これまで、何人ものエンデュミオン・シンドロームの患者の夢に接触した。なので、今回も大差ないだろうと思っていた。


が、予想は大きく裏切られた。


たぶん、媒体がAランクのエンパシストだからだろう。感度が、これまでとは、まったく違う。


夢のなかで、サリーは、いきなり、その世界の登場人物になっていた。


暑い。のども、全身の皮膚もヒリヒリする。今にも燃えあがりそうだ。


かわききった街道に陽炎が、ゆらめき、そこを行進する仲間たちが、バタバタ倒れていく。


ホコリにまみれ、服もボロボロ。やせほそった少年少女。にごった魚のような、うつろな目をした、亡者のような子どもたちの一団。


右によろめき、左にまろび、足をひきずりながら這い進む。ずるずると土の上に、くずれおち、やっとのことで、また這っていく。


子どもたちの頭上から、容赦のない日差しが、光の刃のように、ふりそそぐ。


酷暑だ。


彼らはもう、昨日から一口の水も飲んでいない。


食料にいたっては、四日も前から、パンのかけらひとつ、かじってない。


路上に倒れたまま、何十人、何百人もの仲間が死んでいった。炎天下に死体が、ものすごい腐臭をはなつ。


でも、誰一人、道をひきかえし、家へ帰ろうという者はいない。


つらいのは、試練だからだ。


この試練を乗りきれば、彼らの前には輝かしい未来が待っている。彼らの前に海は干上がり、神の道がひらけるという。


ことの起こりは、ステファンだ。


クロワという町で羊飼いをしていた十二さいの少年が、神のお告げを受けたのだ。


エルサレムへ行き、聖地をとりもどしなさいと。


王様は信じなかった。が、子どもたちは信じた。


三万人がヴァンドームから出発し、マルセイユをめざした。


誰もが成功を信じて疑わなかった。


自分たちが神の加護をうけてサラセン人を倒し、英雄になるのだと。


それは、ほとんど熱病だ。


いっきに子どもたちのあいだに広がり、火を噴いた。


誰にも子どもたちの行進をとめることはできない。


笛吹き男の笛の音に魅せられたように。


「……フラン……フラン」


大声で呼んだつもりだった。


けれど、セルジュの声は、ひからびた蚊の鳴き声のように、ほとんど声になってなかった。


意識も、もうろうとしていた。


だが、それでも、どんなときでも、二さい年下の大切な友人のことは、セルジュの頭から離れない。


かすむ目をこらして、周囲を見まわした。


やや後ろに、フランシスは倒れていた。


セルジュは、そこまで引きかえした。ほんとは、引きかえすことも、つらかったが。気力をふりしぼって戻った。


「フラン……しっかり……」


フランシスの黒髪は土ぼこりで白くなっている。


少女みたいな、とびきり愛くるしいおもても、絶食のせいで見るも無残に、やつれている。


「フラン……」


もう一度、声をかけると、フランシスは、かすかに目をあけた。青い目が、ぼんやりと、セルジュを見る。


「行って……ぼく、もうダメだよ」


「君を置いていくことなんて、できないよ」


子どもたちのあいだに広まった、この熱病に、最初にかかったのは、フランシスのほうだった。


フランシスは十さい。声変わり前の甘い声をはずませて、あの日、言った。


「ねえ、セルジュ。ステファンのお告げ、知ってる? ぼく、ヴァンドームへ行くよ」


ステファンのお告げとやらを語るあいだ、フランシスの瞳は星のように輝いていた。


セルジュ自身は半信半疑だった。でも、止めても聞かないことは、わかつていた。


セルジュは靴屋の、フランシスは仕立て屋の息子。


二人は、となりどうし。


フランシスのことなら、なんでも知ってる。


町一番の器量よしと言われたフランシスの母は、フランシスが生まれて、まもなく亡くなった。


あとから、やってきた二番めの母に、フランシスは、いつも、いじめられている。


フランシスが早く大人になって、そんな家から逃げだしたがってることも、みんな、知ってる。


だから、止めてもムダだということも。


「君が行くなら、僕も行くよ」


「約束だよ。ぼくたち、ずっと、いっしょだよ。どんな苦しいことがあっても」


「うん。約束」


セルジュには、フランシスが一番、大切だ。


ほんとの母を慕って、泣きじゃくる小さなフランシスを、ずっと見守り続けてきた。


フランシスがいるところにしか、セルジュの幸福はない。


止めることができないから、何も言わず、ついてきた。どんなことがあっても後悔しない。もし、旅の途中で倒れても、それは、そういう運命だったというだけだ。


自分が死ぬときに、となりにフランシスがいてくれさえしたら、それでいい。

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