第76話 お前もしっかり頑張れや

 羽深さんは生徒会のメンバーなので、学校に着いてからはほぼ教室にはいなかった。

 僕はと言えば、そんな中いつも以上の疎外感というかアウェイ感というか、とにかく居心地の悪さを感じながら、クラスの出しものである模擬店の裏方に徹して忙しくしていた。

 うちのクラスは何のひねりもない純喫茶だ。なぜかお調子者の女子が髭を付けてマスターをしている。

 何だかクラスのみんなは流行りのJポップをBGMとして流したがっていたが、純喫茶には似合わないということで、選択肢から外されていた。選曲はメグが任されることになったので僕としては安心できる。

 ただ、こういう公の場所で音楽を流す場合は著作権団体に使用料を払う義務があるらしいので、その辺りの手続きがもろもろ結構面倒くさいらしい。そういう地味な仕事は当然モブの僕も手伝わされることになっている。


 水場まで行って洗い物を終えて戻ってきた僕に、メグが「そろそろだ」と声をかけてきた。

 ライブの準備のために教室を出ないといけない時間というわけだ。

 そのためにみんなが嫌がる裏方を率先して一生懸命果たしたし、カースト上位のメグが「わりぃ、こいつ借りていくわ」と声をかけてくれたお陰で、すんなりと模擬店から脱出することができた。カースト上位ありがたし。


 僕は自分の楽器を載せたキャリーカートを引っ張って講堂に向かう。

 メグもケースに入れたベースを二本とエフェクターボードを抱えている。僕の荷物はキャリーカートと、デイパックにノートパソコンとオーディオインターフェイスやケーブル類、スティックケースなど詰め込んでおり、結構な大所帯だ。


 講堂のステージの袖が言わば楽屋代わりとなっており、今日の演者たちが集まっていた。今回の出演バンドは五つで、その内二枠はソロ、残りの三つがグループだそうだ。しかも我々以外は全員三年生。通例では下級生が文化祭のステージに立つことはないらしく、これも羽深さんが生徒会のコネと権力を最大限発揮してゴリ押しした賜物なんだろうということが聞かずとも知れる。しかも僕らが取りなんだよな。

 ここでもまたアウェイ感を強く感じて背中を嫌な汗が伝い落ちた。


 そこにステージで作業していたPA業者の人が降りてきた。ただでさえ狭い控え室だが、ミキシングルームも兼ねているのだ。


「あれ、楠木君と光旗君、この学校だったのか」


 声に顔を上げてみれば、何とサルタチオでしばしばお世話になっているエンジニアの橘さんだった。


「あれ、橘さん? 何で?」


 サルタチオはライブハウスで、こういったPA業者というわけではないはずだ。


「え? あぁ、知らなかったか。サルタチオでPAやってるのは出向でやってるんだ。俺はサウンド・エンジンっていう楽器や機材やスタッフのレンタルをやってる会社に所属してるんだよ。まぁ、いっつも君らと会うのはサルタチオだから知らなくて当然か」


「へぇ〜、そうだったんだ。全然知らなかったよな?」


 メグも僕と同様初耳だったようで、そう言っている。

 こんな調子で業者さんと親しげに話している二年生を、三年生の先輩方が増々こいつら何者だよといった顔で見ている。アウェイ感ハンパねー。


「何、光旗君たちも今日出るんだっけ? 俺、昨日リハはいなかったから知らなかったんだけど」


 今日のスケジュールが書かれたタイムシートみたいなのを眺めながら橘さんが訊く。


「はい、最後のSTYLE NOTスタイル・ノットっていうバンドでオリジナル曲やるんですよ」


「マジか。それは楽しみだなぁ。あ、今日は俺ミキサーじゃないんだよな。ミキサーだったら君らの音は勝手知ったるところなんだけど。ミキサーの奴は後輩だから指示出しとくわ」


「心強いっす。お願いします」


 メグと一緒に僕も軽く頭を下げてお願いする。いや、ホント心強いわ。

 でも何か先輩たちの視線は更に厳しく冷えた気がする。

 ミキサーさんまで味方に付けたら最早怖いもんなしだわ。

 僕とメグはニッコリ嫌味に笑って先輩方を見返しておいた。こう見えて百戦錬磨だし高々三年生の演奏なんかに負ける気は全然しない。まぁ、強いて言えばボーカルが素人で初ライブだけども。


「お疲れ様〜。いよいよだねぇ〜、みんな今日はよろしくねっ」


 羽深さんだ。

 今や校内で一番と言っておかしくない美女までもが僕らに気安く声をかけている様子に、先輩方――中でも特に男子の皆さんの視線にさらに殺気が込められる。

 そして羽深さんの登場に釣られるかのようにうちの他のメンバーが集まってきた。

 みんな僕らに向けられている先輩方の視線を気にした風もなく、一様にリラックスしている模様。

 羅門の奴はともかく、本郷君はバンド経験はそんなに豊富ではないと言っていたが、彼はいつも割と冷静そうなタイプで、今も緊張している様子は窺えない。


「あ、青木さんもそのバンドなの?」


 先輩の一人がかなでちゃんにそう質問してきた。


「うん、そうだけど?」


「青木さんまで……」


 何だ。かなでちゃんもしかして結構人気あるのか? まぁ、見た目は確かにかわいいと思うけど、ちっちゃい頃から知ってるし、結構僕に当たりがきついし、モテるイメージなかった。


「ちょっと、タッ君。今失礼なこと考えたでしょ!?」


「えっ」


 なぜバレたし!? かなでちゃんにはなぜかいつも考えてること読まれる。何でだ?


「タッ君……!?」


 男子の先輩方が口々に僕の呼び名を呟く。気持ち悪い。どうした、急に? タッ君なんて、メグでさえ呼ばないぞ。かなでちゃんは幼馴染だから子供の頃の呼び方してるだけで。

 その様子を見てメグはまた人の悪い笑顔でケラケラ笑っている。

 林は我関せずでチューニングメーターとにらめっこしている。


「おーおー、青春の一コマや。微笑ましい」


 橘さんがまだ三十前のくせにそんなおっさんみたいなことを言って尊い光景でも見るように目を細めている。

 好々爺かよ。


「どれどれ。ほぉほぉ。楠木君たちのバンドは同期ものか。中音はクリック混ぜる必要があるんだね」


 仕事モードに入った橘さんが資料を見ながら独り言のように呟いている。


「他には同期ものバンドは……あぁ、なるほど、その一つ前のバンドともう一つ前のソロの人が同期ありね。その辺りも考慮して順番決めてくれてるんだ」


「はい。よろしくお願いします」


 礼儀正しく生徒会を代表してと言った感じで羽深さんがお辞儀している。


「はいよろしくぅ〜」


 橘さんの返事が軽い。


「あ、この羽深さんはうちのバンドのボーカルだから」


「えっ、そうなの? 何だ、早く言ってよ。俺、今日のオーディオスタッフの橘です。光旗君や楠木君とは馴染みなんで今日はよろしくお願いします」


 エンジニアさんって時々とっつきにくい感じ出してる人いるよなぁ。認めてもらえると凄く良くしてくれるんだけど。


 それからは機材を出したり、サウンドチェックしたりしている内に加速度的にバタバタと時間が過ぎていった。

 その間羽深さんは生徒会の仕事とバンドのサウンドチェックと忙しく行き来していてろくに話す機会もなさそうだった。


「楠木」


 いつものように本番前のルーティンでトレーニングパッドをポコポコ叩いている僕に羅門が声をかけてきた。

 辺りを見回すと誰もいないので、そのタイミングを図っていたのだろう。


「何だよ」


「今日のライブ終わったら、羽深ちゃんに返事もらうことになってる」


 あ? それ何かのフラグ? と、一瞬思ったが、ちょっと待てっ。返事って?


「今朝、羽深ちゃんに告った」


 戸惑う僕に続け様に羅門はそう言い放った。


「はぁっ!?」


 お前ねぇ。前々から羽深さんにちょっかい出してはいたけど、事に及んで何で今このタイミングでそれを僕に言うんだよ? 動揺するだろうが。


「ま、そういうことだからよぉ。お前もしっかり頑張れや」


 なんてニッコリ言われてしまった。気持ち悪いぞ、お前。何なん、それ?


「お、おぅ」


 そう返答するのが精一杯だった。

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