第59話 羽深さん検定とかあるの?
昨夜、あの気まずい状況を解決できないまま解散し、夜もまんじりともせずにモヤモヤしたまま朝を迎えた。当然寝不足だ。
今日は曜ちゃんと第二回目のデートの約束だが、昨日羽深さんにバレてしまったのが原因でちっとも心躍らない。
あーあ。どうしてこうなったかなぁ。羽深さんが僕のこと好きになってくれたら万事解決なんだけど、そんなことありっこないしなぁ。曜ちゃんは僕に好意を持ってくれてるようだし、僕もまんざらじゃないんだけど、だけど僕が本当に好きなのは羽深さんだ。うまく行かないもんだなぁ。
寝不足で非常に怠いなと思いつつ、デートなんだし身繕いしなくちゃなとか考えていたら、かなでちゃんから電話が来た。
『おはよう、たっ君。ちゃんと起きてた?』
「おはよう。起きてたよ」
てかほぼ寝てないけど。
『実は今たっ君家の前にいるんだけど、上がっていい?』
「え?」
窓から外を覗くと、かなでちゃんがうちの門の前でこちらを見上げて手を振っている。
最近じゃすっかりうちに来るってことはなくなったけど、小さい頃はよくお互いの家も行ったり来たりしたもんだ。かなでちゃんの家はすぐ目と鼻の先だからな。
僕が家にいることが確認できたからか、返事をする前にかなでちゃんが玄関を開けて入ってくるのが見えた。
階段を元気よく上がってくる足音がして、僕の部屋のドアがノックされる。あっけにとられているうちにドアが開いてかなでちゃんが入ってきた。
「珍しいね。どしたの、急に?」
「うん、まぁちょっとね。久しぶりに来たくなった」
「はぁ……」
「うわぁ、なにこれ。機械だらけだねぇ」
「ん? あぁ、そうだね。全部音楽関係の機材だよ。まぁ座りなよ」
僕の部屋は音楽制作用の機材ラックやらケーブル、そして楽器類が並んでいる。ドラムセットは別部屋だけど、作編曲やドラム以外の録音はこの部屋で済ませることも多いので、機材もコツコツ揃えた自分用のものが結構ある。一応必要最小限のものに限定しているつもりなのだけど、それでもまぁどうしても機材だらけという印象を与えてしまうかもしれない。
「へぇ〜」
地べたにぺたんと座り込んだかなでちゃんは、しばし部屋を物珍しそうに見渡してから僕に向き直った。
「あ、なにか飲み物でも持ってくるわ。適当にくつろいでてよ」
そう伝えて僕は部屋を出て一階に降りる。
それにしてもかなでちゃん。突然一体どうしたんだろう。うちに来るなんて多分小学校以来じゃないかなぁ。
冷たい飲み物とスナック菓子を用意して再び部屋に戻ると、かなでちゃんは僕が部屋を出る前のままの姿勢でボケーッと何をするでもなくそこにいた。
「お待たせ。はい、どうぞ」
ローテーブルの上に飲み物とお菓子を置く。
「うん、ありがと」
かなでちゃんは飲み物を一口飲んで、スナック菓子をポリポリと食べ始めた。未だ特に何かの話を切り出すでもなくポリポリやってるだけだ。謎だ。何の用だろうか。
「んで、今日はどしたの? 何か用事があったんじゃないの?」
どうも気になるので自分から話を切り出してみた。
「あぁ、うん。いやね、昨夜なんかあんたらおかしくなかった?」
あぁ、やっぱりそのことか。ファミレスで羽深さんと羅門と僕がひと悶着あって、その後なんとなく空気が重くなったからな。かと言って昨夜のことかなでちゃんには無関係だし、余計なことをメンバーに言ってトラブルが大げさになるのは良くないしなぁ。
「あのさぁ。たっ君って、ららちゃんと付き合ってたりするの?」
おぉっと。いきなりストレートだな。
「それかぁ。うーん、なんかそんな風に噂されてるらしいね。でも、噂だよ。ただの噂。僕なんかが学園クイーンの羽深さんと付き合えるわけないだろ? 冷静に考えれば分かるだろうに、みんなどうかしてるよ」
「ふーん……そっか……なんかあんたら見てるとたっ君が言う風には見えないけどねぇ」
「は? どういう意味?」
だったらどう見えるのさ。なんか言ってる意味がよく分かんないだけど。
「はぁ……相変わらずだねぇ、たっくんは……ま、いいけどさ」
「何だよ、ちゃんと説明してくんないとスッキリしないなぁ、気持ち悪い」
「で、昨夜は何を揉めてたわけ?」
結局説明しなきゃダメな感じかな、これ。これ以上面倒な感じにならなきゃいいけど。
「あぁ……うん……それは、羅門の奴がさぁ、羽深さんのことをデートに誘ったらしくて」
「へぇ〜、やるじゃん」
「いやいやいやいや。やるじゃんじゃないんだよ、てかマジでヤるからなアイツ。かなでちゃんは知らないと思うけどさ、羅門の奴は中学の時も一緒にバンドやってたんだよ」
「あぁ、そのことなら知ってるよ、一緒にバンドやってたって言ってた」
「だけどさぁ、アイツって女癖が悪くてトラブル起こすんだよ。それが原因で中学の時もバンド駄目になっちゃったんだよ」
今更あの頃のこと蒸し返すのも腹立たしいし、あんまり詳しいことは話したくないんだけど、とにかく羅門の女癖の悪さは困りものなのだ。あんな野郎とデートなんてしたら羽深さんの貞操の危機なのだ。
「ははーん、なるほどなるほど」
何がなるほどだか分かんないけど、ことの深刻さを理解していないようだ。同じ女の子だったら分かりそうなもんだけど、かなでちゃんはその辺鈍いのか?
「だから羽深さんが羅門とデートなんて絶対反対なんだよ!」
「はぁ? たっ君ってららちゃんの何なわけ? 付き合ってるわけじゃないって言ったよね?」
「いや、そうだけど。だけどそういう問題じゃないだろ!?」
「何で?」
「え? 何でって、それは……」
何でだ? とにかくダメだろ、そんなの?
「保護者でも彼氏でもないのに、たっ君にそんなこと決める権利はないでしょ? 羽深さんがもし林君のこと本当に好きだったら、そういうことだって高校生にもなればあったっておかしくないんじゃないかな?」
あーーっ!? おかしいだろっ! 羽深さんだぞっ!? 羽深さんが羅門みたいな汚れた野郎に純潔を奪われるとかありえねぇだろ!? 何言ってくれちゃってんの!?
という気持ちでいっぱいだったが、理屈の上ではかなでちゃんに何も言い返す言葉を思いつけず、僕はただ黙り込むよりなかった。
「とにかくっ。彼氏でもない男からとやかく言われる筋合いはないってことよ。どうしてもと思うんだったら、ちゃんとふさわしい資格を身につけてから堂々と物申せばいいんじゃないかな。んじゃ、そういうことで。またね」
そう言うとかなでちゃんはコップに残った僅かばかりの飲み物を一気に煽って部屋を出て行った。
「資格身につけろって……え……あれくらいの美女になると羽深さん検定とかあるの? 国家資格的な?」
身支度をするのも忘れて、僕はしばしの間考えたのだった。
「んなわけないでしょっ! バカなんだから」
なぜか門の方からかなでちゃんがそう叫ぶ声がした。
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