第54話 スタイル・ノット
あれから一度、羅門も含めメンバーで顔合わせも兼ねてバンドミーティングを開催した。
羅門は思った通り羽深さんに馴れ馴れしい態度を取る。
もう一人のギターの本郷君は極めて無口な男だ。ネットに上げている動画を見せてもらった限りでは腕前はなかなかなものと見える。
メンバーのうち、作曲できるのが僕とメグと羅門の三名だけなので、取り敢えず一人二曲持ち寄ることになった。参考として僕とメグが作ったデモを手渡しておいたので、羅門なら方向性を掴んでかつ僕やメグとは被らないような曲調のものを作ってくることだろうとは思っていたが、予想を上回るいい曲を提供してくれて、正直驚いた。
それで、曲作りのためにバンド用のサーバースペースを用意した。それぞれ作った曲に他のメンバーがトラックを足したり、差し替えたりできるように録音ファイルを置いておける。
やはりバンドなので、バンド色が出るようにこういう方法を取った。
そうして合計六曲が出揃ったところで、ある週末の土日を使って、いよいよ羽深さんの歌入れとなった。
作曲者が各々自分が作った曲のディレクションを担当するということで、当日は羽深さんに加えて、僕とメグ、羅門がうちのスタジオに集合した。
羽深さんはこの日に備えてしっかり自主練してきたようで、なかなかのクオリティで歌ってくれた。
予想以上に出来が良いので、各作曲者からの細かなニュアンスに関する要求が高くなる。それは些細な音の伸ばし具合だったり、ここはもう少し息の成分を多めでとか、少なめでとか、実に細かいニュアンスの部分だ。
「いやぁ、良かったよ、羽深ちゃん。惚れるねぇ」
と調子のいいことを言ってるのは羅門だ。良かったし惚れるのは必至だが、お前なんかに惚れられちゃ困るんだよ、このクソ虫めが。
「おい、楠木。お前今すごく失礼なこと思わなかったか?」
う……意外に鋭いなこいつ。
「は? 気のせいだろ。この被害妄想が」
「ぐっ。相変わらず俺に対する当たりが強いなぁ、お前はよぉ。ったくぅ」
そんなこと言いつつ、意外と羅門は怒るでもなく楽しそうにしている。こっちは割と
「ねぇ、拓実君……今のはどうだったかなぁ……」
羽深さんは歌うたびにいちいち自信なさげに僕にそう確認してくる。いや、曲ごとに作曲者がディレクションする取り決めなので、良し悪しの判断はその曲の作曲者がするのだ。だから僕に確認してこられるとちょっと気まずいんだけどなぁ。
「うん、よかったよ。細かいニュアンスの部分は作曲者に確認して」
羽深さんに尋ねられる度、僕はそう促しているのだが、なかなかその辺のところを分かってくれない。
「よかった? ホントに? それならよかった……」
ってな調子だ。まぁ、メグも羅門も特にそれで気を悪くした様子もないので助かるけど、僕としてはなんか申し訳ない気分になるから、ちっとはその曲のディレクターを尊重してあげて欲しかったりする。
そんな感じで二日がかりで一通り録音も終わり、後はミックスダウンとなるのだけど、それは全面的に僕に任せてもらえることになっている。機材はうちのものを使うし、うちのスタジオのスタッフさんの協力を得ることもできるし、環境的にも一番整っているので、自然にそういう流れになる。
各自が作った曲はトラック別にオーディオファイルとしてスタジオのProToolsというレコーディングの標準的なソフトに取り込んで、ボーカルもそのシステムで録音されている。
各トラックには往年のアナログ機器であるニーヴのチャンネルストリップやEMT140というリバーブの名機のシミュレーターが挿してあって、デジタル臭さのないいい音に仕上げられるのがうちのスタジオの強みだ。
「よし、レコーディングの打ち上げにファミレスでも行くか」
メグの提案にみんなも異論はないようで、四人でファミレスに向かうことになった。
日曜日の夕方のファミレスは、家族連れで賑わっている。四人がけのテーブル席は、あいにく喫煙席しか空きがなかったが、仕方ないので承諾して喫煙席に着く。幸い思ったほど喫煙者はいないようで特に煙たい状況でもなかった。
「じゃ、改めてお疲れさまでしたっ」
羅門の音頭でお互いがドリンクで乾杯しながら労い合う。
「あ、そう言えばバンドのグループトーク作っとかね?」
メグが思い出したように言うので、まああれば便利かと僕も思い同意する。羅門が羽深さんに余計なちょっかいを出さなければいいけどと不安な気持ちはあるが、ここで反対するのもなんか不自然だ。
「それもそうだけど、バンド名どうするの?」
確かにな。羅門が言うまでバンド名のこと考えてなかったわ。
「あー、バンド名なぁ……全然考えてなかったわ。なんかアイディアある?」
メグがメンバーに確認しているが、特に意見がある人はいないようだ。
グループトークを作って、他のメンバー……と言っても今の所ここにいないのはギターの本郷君だけだが、バンド名のアイディアがないか書き込まれた。
「うーん……バンド名ジェネレーターでも試してみる?」
メグの提案だ。それっぽい名前をランダムに提案してくれる診断メーカーで作られたその手のサイトがいくつかある。
「試してみてもいいけど、どうせそういうのってネタだろ?」
「まぁな。でも試してみるくらいはいいんじゃないの? ダメ元でさ」
ネガティブな意見を言ってみたが、まぁダメ元で試してみるのも悪くない。他にいいアイディアがあるわけでもないし。
「よし、ちょっと待ってな」
そう言ってメグがサイトであれこれ試しているようだ。
「おぉ、これなんてどうよ。スタイル・ノット」
早速候補がみつかったようだ。
「どういう意味?」
よく意味が分からない。
「意味とかないし。ランダムに単語を組み合わせただけだろ、多分。でもなんとなく音的にはかっこよくね?」
「おぉ、スリップ・ノットみたいでいいんじゃね?」
羅門は賛成のようだ。スリップ・ノットはヘビメタバンドなので音楽的には全然被らないからまあいいか。
僕は別に反対じゃないけど。羽深さんはどうだろうか。
「羽深さんはどう思う?」
メグが羽深さんにも意見を求めている。
「うん、いいんじゃないかな。なんとなくかっこいいっぽい」
「確かに。ぽいっちゃぽい」
羽深さんがいいなら僕も別に構わないや。
「ノットって否定のNOTと結び目のKNOTがあるけど、どっち?」
どっちだろうかと思って確認する。
「うーん、どっちかな。カタカナで出てきたからなぁ。どっちにする?」
なるほど、メグによればそのサイトではカタカナでスタイル・ノットと出てきたようだ。
「否定形のSTYLE NOTかな。天の邪鬼っぽくてこのバンドに似合ってる気がする」
とは羽深さんの弁だ。
「そりゃいいや。うちのドラマーひねくれ者だから」
羅門が言うとみんなが笑った。
どういうこっちゃ。僕ってひねくれ者だっけ? そんな自覚全然ないけど、みんなそんな風に思ってたの? ちょっと心外。
「よし。反対意見がなければ、あとは本郷の意見を確認して決めるか」
斯くして、ちょっぴりヘビメタっぽいけどバンド名もほぼ決まり、いよいよバンドが動き出したのだった。
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