第48話 もしかしてだったらどうしよう
まだ暗いステージ。TR−808(通称ヤオヤ)の刻むリズムパターンに被さるようにシンセのシークェンスパターンが場内に響き渡る。
ライブの一曲目は、このシークェンスによるイントロの後九小節目の頭から一斉に演奏が始まる。イントロの間、僕は曜ちゃんのシルエットをぼんやりと眺めていた。
ライブの後の話って何の話だろうか。まぁ、今はそんなこと考えてる場合じゃないんだけど。だけど本番前にあんな事言われたら多少なりとも気になっちゃうってもんだ。
さてと、次の小節で始まる。集中しなくちゃ。
クラッシュシンバルと同時にステージの照明が明るくなり、スポットがボーカルの二人を浮かび上がらせる。
曲はBPM120の8ビートで軽快だ。強いて言えば昔のスプリームス(もしくはシュープリームス)っぽいモータウンをベースにしているけど、今どきのエレクトリックな要素と組み合わせてちょっとおしゃれな曲調になっている。
僕はこの曲を演るときには、モータウンを代表するドラマーの一人であるユリエル・ジョーンズにでもなったような気分でドラムを叩く。メグは僕がそうすると分かっていたかのようにレコーディング時にチャック・レイニーばりのベーススタイルを準備していた。さすが小憎いくらいによく分かってる。
演者側からは観客席側も結構よく見えるものだ。ただ緊張していたり演奏に集中していたりで、必ずしも演者が観客席の一人一人をそんなにしっかりと見ているとは限らない。
僕の場合も観客全体をぼんやり視界に収めている感じだが、何か目立つ動きがあったり知り合いがいたりすると気付く。
というわけで、観客席の前から三列目。一際輝く愛しの羽深さんの姿を僕は早速見つけてしまった。
僕の演奏を見てくれてる。かと思いきや、視線の先にあるのはボーカルの曜ちゃんだ。まるで睨み付けるかのように曜ちゃんをガン見している。
怖い……怖いよ、羽深さん。どうも羽深さんの曜ちゃんに対する対抗意識が強いような気がする。
学園一美人の羽深さんとしては、隣校の美女である曜ちゃんに対してライバル心があるらしい。プライドというか執念というか、はたまた業の深さというのか、僕みたいな平凡な男には分からない何かがあるのだろうなぁ。
ていうかちょっとは僕のことも見てくれたらいいのに。ドラムってこういう時大抵は一番後ろで地味に演ってるから注目してもらえない楽器なんだよなぁ。
とまぁそんなことを考えているうちに、一曲はあっという間に終わってしまった。いかんいかん。THE TIMEに失礼だ。もっと演奏に集中しなくちゃ。羽深さんがどうしても気になっちゃうけど。何たって、ついさっきまでこの僕と学園一の美女の羽深さんはデートしてたんだぞ。
「こんばんはーっ! 今日はどうもありがとう! ザ・タイムですっ!」
MCはボーカルの鈴木君だ。顔だけでなく声までイケメンだ。本番前は結構緊張してる感じだったけど、なかなか堂に入った感じでMCを回している。
「それじゃあ次の曲です。The Cold Prince」
曲紹介と同時に黄色い歓声が上がる。イヤモニにクリックが流れてきて一斉に演奏が始まる。
会場内は文字通りすし詰め状態だ。羽深さんの周囲が女性ばかりだったらよかったんだけど、むさ苦しい野郎供もいる。羽深さんとの密着具合が気になる。って言うか腹立たしい。何なら僕があそこにいたかった。
それにしても羽深さん。僕を含めて他のメンバーは一切眼中にないのか、ひたすら曜ちゃんに釘付けだ。
そんな様子に僕はちょっと切ない気持ちになる。
あーぁ、曜ちゃんのことそんなに気になるの? そういやいっつも気にしてたもんなぁ。
曜ちゃんと言えば、この後話があるってモジモジしながら言われたところだ。
もしかして……もしかしてだけど、もしかしてだったらどうしよう……。
僕の想い人である羽深さんとは、最近はまぁまぁいい感じなんだよまぁ。今日なんてデートしちゃったし。とは言ったって、流石に恋人になんてなれないだろうけど。
そう思ったらこれまた切ない気持ちが込み上げてきた。羽深さんはいつまで経っても僕にとっては憧れの人に過ぎないんだろうな、きっと。羽深さんと付き合う人ってどんな奴なんだろうか。
まだ見ぬ野郎だが、なんか憎たらしくなってきた。
心なしかシンバルを叩くスティックに力がこもる。
もし、曜ちゃんから告白されちゃったら……?
あ、やべ。もう曲が終わるわ。しっかりしろよ、拓実。演奏に集中だ。羽深さんの方を見るのやめよう。演奏に集中できなくなる。
そこからは、余計なことを考えるのをやめて、演奏のことだけに集中した。
メグのベースはさりげなくゴーストノートが随所に散りばめられていて、グルーヴ感が素晴らしい。
つられるようにして、自ずと僕もゴーストノートが多くなる。
あ、ゴーストノートっていうのは、楽音になってないような音のことで、ベースだと極端にミュートされたブッっていうような短い音だ。ドラムだったらスネアで小さな音をダララッと裏に入れたり、フィルの頭に入れたりする。
実はこのゴーストノートってあんまり聞こえてない割にグルーヴを感じさせる上でとっても重要だったりする。
ライブが進むにつれて僕らの演奏も興が乗って息が合ってくる。気持ちの良い演奏が続き、他のパートとアイコンタクトが増える。
最終的にライブは大盛り上がりを見せてラストの曲に雪崩れ込んだ。
それにしてもこのバンドってこんな人気だったのか。対バンもなしで単独ライブをできてしまうほど集客できるなんて、なかなか凄いことだ。
最後の曲を終えると急いでステージ袖から控え室に捌ける。
「どうもありがとうっ!」
とMCが手を振りながら彼自身も捌けるのだが、むしろ観客を煽っているように見えた。
まぁそれもそのはずで、この人気バンドはプロでもないのに毎回アンコールを求められるそうで、最初からアンコールも予定に組み込まれていると言うのだ。
流石人気バンドだ。プロならまぁそれも普通だけど。
急いで控室に戻ると、バンドロゴの入ったTシャツに着替える。ステージ上は暑いし結構汗もかく。
曜ちゃんはそのままの衣装らしい。
このTシャツは物販で扱われてる物で、こうやってアンコール時に着用するのも販促の一環だそうだ。色々と考えているんだなぁ。
バラバラだった観客の拍手は、やがて手拍子へと変わる。アンコールを促す声も上がっている。
バンドメンバーはそれぞれ飲み物を飲んだり、汗を拭ったりして、アンコールに備える。
「最高の演奏でした! 今日はどうもありがとう。それじゃあアンコール、行きますか」
ボーカルの鈴木君に声をかけられて、僕たちは再びステージへと向かう。
それぞれのポジションに着くと、メンバー紹介が始まった。
「どうもありがとーっ! 今日一緒にやってくれたメンバーたちを紹介しますっ。ボーカルッ、神曜!」
曜ちゃんの名前にものすごい声援が上がる。やっぱり人気あるんだなぁ、曜ちゃん。人気バンドの人気ボーカリストだ。
「ギターッ、
ここでも盛り上がる。これ僕の紹介のところでみんなポカーンってならないだろうなぁ。若干心配だわ。
「キーボードッ、
またまた黄色い声援が。くそ、イケメンどもめが。爆発すればいいのに。
などとまた醜い嫉妬に塗れていると、僕らサポートメンバーの紹介が始まった。
「そして今回は、僕らの新しいアルバムに参加してもらったリズム隊に強力なサポートをしてもらいましたっ! 心から賛辞をっ! 最高にグルーヴィーなベースッ、
おぉー、鈴木君の煽りが上手いからホントに盛大な拍手が起こっている。そして僕の番だ。
「そしてめっちゃクールでカッコいいリズムパターンを叩き出してくれたドラムスッ! オシャレ番長、楠木拓実っ!」
オシャレ番長!? いつ決まった、そんなの?
ってまぁいいか。お陰で僕にもめっちゃ拍手してもらえた。お、羽深さんが一際激しく拍手してくれてる。手、痛くないか? でも嬉しくてにやけちゃうけど。
「そっしてボーカル&MC、
最後の鈴木君の紹介は曜ちゃんがした。会場は最高に盛り上がった。そして最後の曲はアップテンポでノリのいい曲で締める。
僕らが参加した新しいアルバムの収録曲ではなく、前に参考にもらっていた音源に含まれていた曲だ。
もちろんこのライブに向けて仕上げてある。
クリックがイヤモニから流れて始めるタイミングはみんな分かるようになっているのだが、盛り上げるために敢えてスティックを叩いてカウントを取る。
「
曲終わり。テンポを落としながらタム回しやシンバル乱れ打ちみたいな終わり方のことを、かき回しと言うのだけど、かなりの盛り上がりだったので、ラストはちょっとしつこめにかき回して終わった。
メンバー全員がステージの一番前に出て並び、手を繋いでお辞儀した。最初端っこに並んだ僕とメグだが、なぜか中央へ追いやられて、僕は曜ちゃんの隣になった。当然彼女と手を繋ぐことになって、僕はちょっとドキドキしてしまう。
それと同時にこの後、告られるかもしれないことを意識してしまう。
お辞儀をして顔を上げる。みんな笑顔だ。
あ……一人だけほっぺを膨らます人と目が合ってしまった。羽深さん……。
なぜだか僕の背中に悪寒が走るのだった。
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