第47話 あー、緊張するぅ

 ライブハウスに到着すると、ちょうどメグのヤツと同じようなタイミングで到着したようで、搬入口のところで鉢合わせした。


「よぉっ。今日もよろしくな」


 軽く声をかけると、いかにも力の抜けた調子でメグの方も同じような返事をよこす。

 リラックスしている証拠だ。こういう現場をもう何度も経験しているので、お互い無駄に緊張したりすることも流石になくなった。

 楽器を持って控室に入ると、すでにボーカル意外のメンバーがいて、手続き等を済ませてパイプ椅子に腰掛けていた。


「お疲れでーす」


 始まる前からお疲れもないもんだとは思うが、僕とメグは先に来ていたメンバーにそう言って声をかけて、僕らは勧められるままパイプ椅子に腰を下ろした。ライブ前には音源のCDやその日演奏するセットリスト(通称セトリ)を記入して提出したりと、結構面倒くさいのでお疲れという声かけもあながち間違っていない。セトリには曲順はもちろん、各曲の演奏時間だったり録音録画の必要不要の確認など、結構細かく記入項目がある。


 そういった手続きを終わらせて、雑誌を読んだりお菓子をつまんだり、楽器のメンテをしたり、それぞれが好きに過ごしている。THE TIMEのメンバーはいささか緊張している様子だ。

 そこへ遅れて他のメンバーがやってきた。


「こんにちはー」


 明るい調子で控室に入ってきた曜ちゃんは荷物を置いて持参してきた温かい飲み物を飲んで一息ついている。

 僕はそんな様子を尻目に、持参してきたトレーニングパッドをパタパタスティックで叩いてウォーミングアップ中だ。本番前にこうしてルーディメンツを続けていると無心になれるので、ルーティンとまでは言わないが時々こうやって過ごしている。

 曜ちゃんがいつもバンド活動の時はよそよそしくて若干心が折れるので、こうしていれば余計なことを考えずに済む。


 そうしてメンバーも揃ったところで、ライブの準備を始める。楽器を持ち込んでセッティング、楽器ごとに音出ししてバランスやなんかを音響さんに調整してもらう。パートごとのモニターのミックスバランスなんかも調整してもらう。

 こういったライブには中音と外音という言葉があって、中音というのはプレイヤー側のモニターに出ている音のことだ。対して外音というのはオーディエンス側に聞こえる音。中音に関しては各パートごとに、ベースとドラムの音を大きめに欲しいだとか、自分のパートがよく聞こえるようにしてほしいだとか色々あるのだ。


 僕はライブハウスの備え付けのドラムセットを使わせてもらうわけだが、スネアとハイハットとキックペダルだけは自前のものに入れ替える。

 ライブハウスのドラムセットはその部屋の鳴りに合わせてチューニングされていることが多いので、あまり自分でチューニングを弄らない。たまに他のバンドが変にチューニングを弄って、部屋と変な共鳴が起こってハウリングを起こしたりなんかするので下手に弄らない方がよかったりする。


 さて、それぞれのセッティングも決まったようだ。全体の音出しも一曲丸々というわけではない。曲中のここっていう部分をバンド全体で音出ししてバランスをとってもらう。今日は単独なのでまだいいが、対バンがあるときなんかは二、三十分で全部終わらせないといけないので戦場だ。そんなものなのでとてもじゃないが羽深さんを呼んで見学してもらう雰囲気じゃない。


 観客が入るとまた音が全然変わるので外音に関しては音響さんの経験におまかせして、我々バンド側としては中音を中心に演奏しやすい状態になるようチェックすることになる。ここで調整しておいても大抵本番になるとテンションが上って音が大きくなりがちだったりするのだけど、多分その辺りは音響さんも心得たものなんじゃないかなと思う。


「お疲れっ。今日はたっくんとメグのリズム隊なんだ。期待できそうだな」


 サルタチオでは何度も演奏しているのですっかり顔なじみになっているミキサーのたちばなさんが、セッティング時に声をかけてくる。


「あ、どうもー。お疲れさまです。そうなんですよ、いつものリズム隊です。よろしくお願いしますね、橘さん」


「まかして! おぉ、今日もベルブラスか。こいつは鳴るよなぁ。たっくんのスネアはうちで演ってるバンドの中じゃ一番音がでかいからな」


 そう言ってクックと笑われた。ベルブラスというのはスネアドラムのシェル(胴体)の材質名のことで、シンバルと同じ素材のものだ。普通ベルブラスと言ったらTAMAというドラムメーカーのものを指すことが一般的で、これがまたとにかくよく鳴るんだ。親父が使っていたもので、その親父も中古で購入したビンテージの逸品なのだが、確実に銘器と言っていい部類の楽器だ。難点は異様に重たいことかな。持ち運びが結構大変。


 ただでさえでかい音が出るベルブラスを、僕はオープンリムショットでひっぱたくからバカでかい音が鳴るわけだ。まぁ、ドラマーにも色々なスタイルがあって、ムキムキのパワーヒッタータイプでしょっちゅうスティックを折っちゃうドラマーもいれば、大きな音を出さないのが好みというドラマーもいる。僕は筋肉系じゃなくて細いタイプなんだけど、音はでかいらしい。スティックはそんなにしょっちゅう折る方じゃないけど。


 あ、ちなみにオープンリムショットというのは、スネアドラムの縁の金属の輪っか部分とドラムのヘッド面を同時に叩くという奏法で、ジャズ意外の音楽では主流の叩き方(ジャズでも部分的に使うことはある)だ。意外と初心者ドラマーには知られていないっぽいけど、特にロック系ではマストな奏法かもしれない。当然音もでかくなるし、爆音の中でもヌケが良い音になるので好んで使われることが多い奏法だ。敢えてやらないというドラマーもいるけどね。


 一通り音出しも終えて控室に戻る途中でトイレに立ち寄ろうとしたら、曜ちゃんから声をかけられた。


「あの、タクミ君。えと……ライブの後ちょっと時間もらえるかな……?」


 もじもじしながら言うこの感じ……まさかとは思うけど、まさかなのか⁉

 てか、本番前に思わせぶりなこと言ってくれちゃって……テンション上がるっての。舞い上がってミスったらかっこ悪いなぁ……。

 あー、なんか緊張してきた。別の緊張だけど。あー、緊張するー。

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