第35話 マネしてみよっと
映画はタイトルのわりに結構な人気だったようで意外に混んでいて、昨夜のうちにウェブで予約しておいて正解だったと思った。
ストーリーは魔女の家にそうとは知らずに盗みに入った泥棒が、家の中に仕掛けられた魔法のトラップの数々を乗り越える途中で便意を催してしまい、盗みは取り敢えず置いといてトイレを目指すことにするのだが、その過程を通して人として成長していくというなんだかよく分からない人間ドラマだった。
途中から隣に座る曜ちゃんの方からズビズビ鼻を啜る音が聞こえてきて、どうやらこの話で泣いている様子が窺えた。
そういう要素あったっけか? とか言っちゃダメなんだろうな。
エンドロールを最後まで見届けて客電が点灯後ようやく曜ちゃんは腰を上げる。
僕も一緒に立ち上がり映画館を出るとお昼を大分回っていた。
「どうする? 何か食べようか?」
「うん、そうだね」
まあ食事と言ったって高校生の昼ご飯だ。
選択肢も限られる。精々ファストフードかファミレスくらいのもんだ。
「ファミレスでもいいかな?」
「うん。喉渇いたしドリンクバーがあるからファミレスがいいかな」
あぁ、さっき映画観ながら泣いてたからな。喉も渇いたことだろう。
「オッケー。じゃあそこのベニーズで食べる?」
「うん、行こ行こ」
僕らは映画のことなんかを話しながら、すぐ先に見えているファミレスまで歩く。
「映画、楽しめた?」
「うん。泥棒さんが罠に何度も何度も立ち向かって途中で心折れそうになりながら頑張ってるの見てたらなんだかすごく感動しちゃって」
あー、心折れそうっていうよりかうんこ漏れそうだったんだけどね、あれは……。
感情移入した人たちが便意を催して何人か途中でトイレに席を立ってたわ。
曜ちゃんはユニークだなあ。
そしてすぐに目的のファミレスに到着する。
なんかファミレスに来ると迷った挙句に結局はいつもハンバーグを注文するというのを繰り返しているので、今日は最初から迷いなくハンバーグを選んだ。
曜ちゃんはスパゲッティのペスカトーレを注文した。
お互いドリンクバーも注文したので、飲み物を注いでくるよと声をかけると一緒に行くと曜ちゃん。
僕はレモンティーを炭酸水で割った。
「なにそれ、珍しいっ」
曜ちゃんから好奇の目で見られてしまった。
「あー、炭酸好きでさ。いっつもジュース類を炭酸で割って薄めて飲むんだけど、これは普通のレモンティーの甘さで炭酸になってるの」
「ヘェー。マネしてみよっと」
「いいけど、好き嫌いがあるかもよ」
「ヘーキヘーキ! タクミくんとおんなじの味わってみたいからっ」
そう言って微笑みを向けてくる曜ちゃん。
またそういうかわいいことを……。ズルイぜそれは。
ちなみにこれは、最初にお湯と濃縮されたレモンティー、そして最後はまたお湯という具合に出てくるここのドリンクバー用に僕があみ出した飲み方で、氷を入れたら濃縮された部分だけを注いであとは炭酸で割るというやり方だ。
なので普通にただレモンティーを割ると薄くなりすぎてしまうのでお勧めできない。
席に戻り、僕がそのレモンティーの炭酸割りという怪しげなドリンクを飲むのを見届けると、曜ちゃんはゴクリと息を飲んで覚悟を決めてから恐る恐る自分も口にした。
そんなに恐る恐るならやめときゃいいのに。
「あ、さっぱりして美味しい」
お? 分かってくれたかね。
「結構いけるでしょ」
「うん。好きかも」
曜ちゃんはグラスを両手で持ってコクコクとかわいく飲んでいる。
あ〜、やっぱかわいいなぁ。どう見てもかわいいっしょ。
やっぱなぁ、こうなっちゃうよなぁ……。
自分のこのナンパな性格に、分かっちゃいたけどガックリだ。
それなのにドキドキしちゃってる。
注文していたものがそれぞれテーブルに運ばれてきて、その前にグラスが空になったのでまた飲み物を注ぎに立つ。曜ちゃんのグラスにはまだ残っているようなので一人でドリンクバーのところへ行く。
今度は普通に烏龍茶だ。
グラスに烏龍茶を注いで席に戻ろうとして、ふと視線を感じる。
見知らぬ女性がどうもこちらを見ていた気がするが今はそっぽを向いている。
つば広のキャペリンハットを被って大きなサングラスにノースリーブの黒い大人っぽいワンピースを着た女性だ。
気のせいか……。
気にしないことにして席に戻った。
ハンバーグはそれなりに美味しくて、曜ちゃんとはバンドの話とか演奏の話なんかをしながらそれなりに楽しんだ。
「へぇー、ピアノを弾く男の子って素敵だよね」
「そうかな?」
めっちゃかわいい女の子から素敵と言われて僕もまんざらじゃない。
「聴きたいなぁ……タクミくんのピアノ……」
「あはは。あの
権藤君というのは曜ちゃんが所属するTHE TIMEでキーボードをやってる人だ。
「え、ゴンちゃん? うーん、キーボードは弾いてるけどピアノって感じじゃないかなぁ」
「そうなんだ。まあバンドのキーボードが必ずしもピアノ経験者ってわけじゃないもんね」
「ていうかタクミくんのピアノが聴いてみたい」
あ、この上目遣いは……く……羽深さんにも通じるものがある……。
久々のズキューン来たなーこれ。くぅーーっ。
あ、そう言えば……。
「じゃあさ。後で近くの美術館に行ってみようよ」
「美術館に?」
「うん。そこの敷地内にちょっとしたパティオがあってさ。そこにピアノが置いてあってね、誰でも自由に弾いていいことになってるんだ。他に弾いてる人がいなければ弾いてあげるよ」
「うわっ、なんか素敵そう!」
「じゃ、決まりだね」
この後どうしようかと思ってたが、どうにかこれでもうちょっと間が持てそうだ。
食後もしばらくお喋りをして、頃合いを見て美術館へ向かった。
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