第28話 バンド崩壊フラグだって言うから

 結局うちの父がやってるスタジオでTHE TIMEとの練習をやることになっていた。

 学生割引があるし、機材が結構充実していてお得感はたしかにあると思う。


 僕は自宅からオーディオインターフェイスとノートパソコンを持ってきてミキサーからの出力を録音できるようにセットした。


 一通り自分の準備ができたところでTHE TIMEの面々が到着した。メグと待ち合わせの上案内してもらったので迷うこともなかったようだ。


 ところで曜ちゃんはと言えば、バンド練習で来ているからか、あるいはメンバーの手前恥ずかしいのか、まるで初めて会った時のような距離感だ。


 あれからThread上ではあるが毎日やり取りしており、僕としては大いに親しくなった気がしていたので少し戸惑いを感じている。


 そんな様子に僕は曜ちゃんを装う別の誰かとやり取りしていてデートの約束までしたんじゃないだろうなという疑惑浮上である。

 そう、これこそがプロフェッショナルのDTたる所以なのだ。チョロい癖に自信がなくて卑屈だからすぐにあれこれと不安を煽る妄想が広がってしまう。


 このバンドのボーカルは二人とも歌い上げるようなタイプではなく、どちらかというと雰囲気系といったらいいのか、ウィスパーとまではいかないがナチュラルというかオーガニックな雰囲気を感じさせるボーカルだ。


 それを活かすようにアレンジも隙間を作るようなサウンドになっている。

 なので僕とメグはそれをスカスカにならないように要所要所埋めたり、スカすところはスカしたりといったさじ加減を意識しながらフレージングしている。


 本番まで今日を含め六回の練習を予定しているので一回に二曲ずつを仕上げる感じで集中的に練習し、五回目はその上でさらに煮詰めたい曲と全曲通し、最終日は本番と同じつもりでゲネプロ的な仕上げ練習というスケジュールとなった。


 そして練習後少しは曜ちゃんと話せる機会があるだろうかと思っていたが、そんなチャンスもなく他のメンバーと一緒に曜ちゃんもさっさと帰ってしまったのでちょっと肩透かしを食らったような気分だった。


 みんなを見送った後で独り侘びしく自分の機材の後片付けをしている時は胸に去来した切なさやら寂しさやらに飲み込まれてなんだか情けないような気分だった。


 そうして家に戻って着替えていたら曜ちゃんからThreadが来た。


『今日はありがとう!

 拓実君のお父さんがやってるスタジオなんだよネ?

 すごくいいスタジオだね!』


 Threadでの様子はいつも通りだ。さっきと違う。

 これは本当に同一人物がよこしてるんだろうか? 気になり始めるとムクムクと疑いの気持ちが起き上がってくる。


『お疲れ様でした』


 なんだかテンションの低い返事しか出てこなかった。


『今日も拓実君のドラム、超カッコよかったヨ

 ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆』


 向こうのテンションは高い。

 嬉しいはずなんだけど、今はプロのDT力によって、騙されないぞという気持ちが嬉しさをスポイルしてしまっている。


『なんかあんまり話せなかったね』


 相変わらず低いテンションでちょっと話を振ってみる。向こうはそのことをどう思ってるんだろうか。


『わたしだってお話ししたかったヨ

 ρ(・ω・、)イジイジ』


 そうか? なんか避けられてるのかなって感じたくらいなんだけど?


『だけどガマンしたんだよ!

 バンド内で男女があんまり仲良くするのはバンド崩壊フラグだって言うから(u_u)』


 なんだと? バンド崩壊フラグってのは一般にバンド内恋愛のことなんだが、つまりはそういうことなのか?

 この場合の「あんまり仲良くする」とはつまり恋愛関係を指しているのだろうか?

 しかしここで曜ちゃんは恋愛関係と明言してるわけじゃなく、あくまで「あんまり仲良くするのは」と言っているに過ぎない。

 友達的な意味合いで使っている可能性もあるわけで、変に意識して空回りというのもカッコ悪い。そもそもあまり話せなかった件についてのことだったしなぁ。


『そっか。どうせ日曜日にゆっくり話せるよ』


 と一応余裕のある男を装って大人の対応……と。


『うん、日曜日すごく楽しみダネ!(๑˃̵ᴗ˂̵)

 金曜日の練習もよろしくね!』


 うぅむ。どうもプロDTのいつもの被害妄想だったようだ。意識しすぎなんだよな、僕はいつも……。


『こんばんは、拓実君。練習はうまくいった?』


 おっと。これは愛しの羽深さんからだ。

 このThreadだけ見たらなんだかまるで急にモテ男になったみたいだな。


『おかげさまでうまくいきましたよ』


 と。とりあえず無難に返信しておくのがよかろう。


『Threadでも敬語禁止ね!』


 うぐっ……。


『ジンピカちゃんともうまくいった?♡』


 ギクッ。なんだよ、羽深さん抉ってくるな。


『特に会話もなく練習しただけですよ』


 事実だけを端的に伝える。


『ホント? よかったε-(´。`*)ホッ

 それに免じて敬語だったのは許す』


 なんか知らんが許された。

 ていうかこの「よかった」はなんの「よかった」だ? 練習うまくいってよかったってことか。


『あーざっす』


『敬語っぽいけどカジュアルだからOK』


 そこ拘るのな。


『明日朝待ち合わせ』


 はいはい、覚えてますよ。


『楽しみ!

 (ง ´͈౪`͈)ว ウキウキしてきたでやんす』


 ププッ。なんだよその変な顔文字。

 学園一のマドンナには似合わねぇー。


『明日も選曲お願いネ◖ฺ|⌯˃̶₎₃₍˂̶ ॣ|◗·˳♪⁎˚♫』


 だからどっから持ってくるんだよ、その変な顔文字。


『了解 (ت)OK』


 あんまり素っ気ないのも悪いかと思って僕も一応顔文字を使って返信してみた。

 本当は最後に♡がついてたんだけど、なんだか意味ありげな感じがして削除してから送信した。

 女子からすると♡には深い意味はないらしいがプロのDTにとっては大きな意味を持っているのだ。


 さてと、そろそろ晩飯の時間かな。

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