第29話  賢者は隠居し、悪魔は愚痴る


 シュベァイル家は直系の血縁者が全員居なくなったことで取り潰しとなった。

 ローズは死を偽装して何処かへ消え去り、ルージュリアンは罪の意識から家を出て教会へ出家、私は勝手にガミーニウ中立自治国と交渉して協力させた罪を被った結果だ。


『お兄様、ごめんなさい。最後の最後まで心配をおかけしました。不出来な妹でごめんなさい。あの世から、お兄様が健やかに過ごせることを祈ってます』


 一々説明するのも億劫なほどに過剰演出であった。

 しかし、場の雰囲気というのは大事なものだな。

 普通なら拳骨を頭に叩き込んでやったのだが、そのタイミングを逸してしまった。

 本人は至って真面目なのだから始末が悪い。

 ……まぁローズなら、何処に行ってもある程度はできるだろう。

 騒ぎを起こすなと言いたいが、人間相手に息をするな、というものだろう。


 テーブルの上に置かれている紅茶を飲む。

 流石は各国と貿易と交易で栄える国だけあって良い物を使っている。

 今、私がいるのはガミーニウ中立自治国最大都市デルドナ。その都市の一角にある歓楽街にいた。

 歓楽街を支配している「色欲」魔王の配下という位置づけだ。


「仕事の方はどうかしら?」


「もう終わった」


「……常人なら何日もかかる量があったハズたけど?」


「知るか。あの程度なら、数時間あれば片付く」


「推挙があったからどれほどの者かと思ったけど、本当、バケモノ、ね。デッシュティル王国は良くこの人材を手放したものだわ」


 私を「色欲」魔王に推挙したのは、大魔神王のナナザイだ。

 片田舎で晴耕雨読で過ごそうと、屋敷で荷物の整理をしている時に、ナナザイが現れた。


『暇だよナ。暇だナ。「色欲」魔王の元に人材不足なんだヨ。ちょっと手伝って貰っていいかナ』


 衣食住と給金の条件がかなり良かった事もあり、「色欲」魔王の元にいくことにした。

 考えてみれば、あのまま王国に留まっていれば、デュナルが私のもとにやってきて、適当な地位を仕立てて縛り付けた琴だろう。

 デュナル・グニン・シノ・デッシュティルは、間違いなく天才だ。そして可愛げのない厄介な天才でもある。

 出来ることなら関わり合いたくない人種だ。それに私とは水と油といって過言ではない。

 とは言え、だ。能力自体は高いのは認める。国を治めるにも足り得る器も才能もある。気に食わないだけのことだ。

 ――「色欲」魔王の配下という立場である以上、もう関わる事はないだろう。


「仕事はきちんとしている。文句はないだろう」


「ええ。文句なんてつけようがないわ。とても優秀な人材を紹介してくれたことを感謝しないとね」


「任された仕事は終わった。後は自由時間だ。読書で忙しいなるから、出ていってくれ」


「あら、つれないわね。貴方が此処に来てからというもの、娼館の子たちに一切手を出さないから、好みの子がいれば充てがってあげようと思ってきたの」


「……」


「「色欲」魔王として、好みの子を紹介してあげるわ。ええ、老若男女獣魚人、なんでもね」


「なら稀少本を頼む。公爵家という立場もあって、官能系の書物はあまり読む機会がなかったからな。それとも、アレか? 「色欲」魔王ともある者は、人は用意できても本は用意できないか?」


「――出来るわ。出来るに決まってるでしょう!! 見てなさい、七大罪の一つ「色欲」魔王の実力を見せてあげる」


 「色欲」魔王は、苛立ちながら部屋を出ていった。

 出ていく際に、扉を思いっきり開けて閉めた。……魔王の力で思いっきりされると、扉は大丈夫か?

 もし壊れていたら、請求は「色欲」魔王に持っていくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ……くそっがァ、あのイカレ女、手加減って事を知らないのかヨ。

 ご主人サマと戦った時ですら、これほどまでダメージを受けることは無かったのにヨ。

 『天神地祇』をバージョンアップさせて、戦闘能力を格段にアップさせてやがった。

 ルージュリアンに奪われて、無力化された事がよほど耐えたんだろうナ。


『よぅ、イカレ女。どうヨ。また雌猫として飼ってほしかったら言いなヨ。何時でも飼ってやるゼ』


 と、出会った直後にデビルジョークを言っただけなのにヨ。

 やれやれだゼ。

 こんなことならご主人サマから、様子を見てきてほしいって頼みを断れば良かったナ。


『ナナザイ。『■■■権限』の影響で、しばらく眠るから、皆の様子を後で教えて? 一ヶ月ぐらい眠ると思うから、後はよろしくね。あ、場所はナイショ。今回、寝ている間は完全無防備になるからね』


 と、言って何処かへ去っていった。

 使い魔である俺ですら把握ではない以上、ご主人サマの居場所を見つけられる者はいないだろうサ。

 ご主人サマからの命令もあって、適当に思い当たる人物を見て回ってたのヨ。

 

 結果から言えば、ご主人サマの死の偽装は完全に無駄だったみたいだナ。

 ほぼ誰も信じてなかったからナ。

 てっきりルージュリアンは信じてるから教会に出家したかと思ったんだけどヨ。……拗らせ具合は変わらずだったネ。

 イカレ女に関しては、どうだろうナ。

 消え去ったことに関しては責任を感じているようだがネ。アイツだけは俺も読めないサ。読みたくないとも言えるナ。


『それと、私が目を覚ましたから、契約解除してあげる。目的は一応達成したことになる――ハズ。それからどうしたいかは、ナナザイが決めればいいよ』


『俺の自由にしていいのかヨ』


『うん。約4年近く、一緒にいてくれてありがとう、ナナザイ。――これから、どうするかは、ナナザイに任せるからね』


 どうするか、か。

 ま、契約が無くなったとしても、ご主人サマに付いていくつもりだけどナ。

 あんな面白い人間は、滅多に現れないだろうし、どんな人生を送っていくか、悪魔としても興味があるからヨ。

 そう決めた直後。

 偶然だろうけどヨ、ご主人サマから念話が頭の中に響いた。

 場所は「グラシハス」

 ガミーニウ中立自治国にある飛空艇の発着場所として栄えている街だ。

 

 

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