エピローグ それぞれのその後
第28話 聖女は祈り、魔王は挑む
私は教会にある女神像の前に、膝を折りって手を握り祈りを捧げます。
お姉さまは、王城での闘いの後で、光になって消え去りました。
その際、私の胸元にあった魔王紋は聖人紋に変わり、『嫉妬』は『人徳』へ、『強欲』は『寛容』へとそれぞれ変化しました。
うろ覚えですが、その時の事を少しだけ覚えてます
『ルージュ。ごめんね。――貴女の事を、構ってあげられなくて。でも、私はルージュのことをずっと妹として愛してたよ。こうなったけど、今でも、それは変わらない。これが、お姉ちゃんとして出来る最後のこと。『■■■権限』において■■■が実行する。ルージュの魔王紋を反転』
それで私は意識を失い、目が覚めたのは三日後でした。
シュベァイル家の屋敷のベッドで目を覚まし、眠っている間のことは、兄様からだいたい伺う事ができました。
お姉さまが、あの場にいた全員に別れを言って、光と成って消え去ったこと。
『嫉妬』『強欲』魔王だった事は、なぜかあの場にいた者以外は、覚えてなかった。
特に「ミーユル」の街で、アリアさんにした事は、全くない事になってたのです。
きっとお姉さまの仕業でしょう。
魔王紋を反転させるほどの力があれば、そういう事も可能だと思います。
「世も末だナ。元魔王が女神像に祈りを捧げるとはヨ」
「――ナナザイ様」
お姉さまが消え去った後で、ナナザイ様は女性の姿から男性の姿へと変わりました。
振り返ると、相変わらず悪魔らしい全身黒ずくめの姿でした。
ただ性別が変わったことで、メイド服から燕尾服に変わり、前の長椅子に足を乗せている。
大魔神王であるこの方に礼儀についてどうこう言うつもりはありません。
「勘違いしないでください。私は女神様に祈ってるわけではありません。お姉さまに祈ってるんです」
「は?」
「女神様如きお姉さまを、女神像に見立てて何が問題あるでしょうか? ああ、確かに美貌という点では女神像が大きく劣るという点では仕方ないでしょうが」
「七大罪から七美徳に反転しても、その拗らせ具合は治ってないナ」
呆れたように呟くナナザイ様。
拗らせ具合? 何を言ってるんでしょうか。
「ところで何用でしょうか?」
「お前に会いに来たんだヨ」
「私に?」
「そうだヨ。お前さんを魔王に墜としたのは、俺の都合だったからナ。……魔王の仲間が欲しいっていう、俺の欲だった訳ヨ」
「……通信石を部屋において、お姉さまとアリアさんの情事を訊かせてのも?」
「まぁナ。完全覚醒させるのは、最大級の『嫉妬』が必要だったからヨ。――まさか『強欲』まで覚醒させるとは、俺としても予想外だったけどナ」
言葉だけ訊けば反省しているように聞こえますが、顔は相変わらず嘲笑ってます。
相変わらずですね、ナナザイ様は。
私は別にナナザイ様を恨んではいません。
確かに魔王に転化したきっかけナナザイ様でしたが、遅かれ早かれ、私はああなっていた事でしょう。
ナナザイ様が足を乗せている長椅子の前まで行きました。
「もし、私に対してほんの少しでも申し訳ないと言う気持ちがあるのならば、一つだけお願いがあります」
「……なんだヨ」
「たまにで良いので、お姉さまの様子を教えて下さい」
ナナザイ様は嘲笑顔を引っ込めて、虚を突かれた感じで真顔になりました。
それだけで私は満足です。
頭を下げ、ナナザイを置いてこの場を去りました。
やはりお姉さまは生きてましたか……。
兄様から訊いた話と、最後にお姉さまが私にした感覚からして、とてもではないですが、お姉さまが消え去った事を信じる気にはなれませんでした。
以前の私ならば必死で何処までも追いかけたことでしょう。
でも、今はお姉さまに合わせる顔がないですし、何よりもお姉さまを殺しかけた事を私自身が赦せません。
だから公爵家を辞退して、教会へと行き、日々女神像に祈る日々を送ることにしたのです。
いつの日か、きちんと偉大なお姉さま相手にしても立派な妹として向き合える、その日を願って。
「兄上。――上級Aランクへ昇格おめでとうございます」
俺にそう言ってくるのは、弟のデュナル・グニン・シノ・デッシュティル。俺の弟だ。
……心にもないことを言ってくる。
兄弟仲はあまり良くない。デュナルが王位を狙ってたという理由もある。
まぁ無事にデュナルは、次期国王に内定した。
アルギレと比べるとかなりマシな王となるだろうし、俺なんかよりもマシな政治をするハズだ。
頭の出来はかなり良い。グレイスとは天才同士、反りが合わない様だったが。
アルギレは失脚した。
『色欲』魔王の眷属に限界以上に搾り取られたことで、精神に変調をきたし、とてもではないが、政治を出来る感じではなくなった。
同時に、テスラー公爵家とガキャミラ公爵家が今までやってきた不正の証拠と資料が多数露になり、ディエイス公爵家が裁定を下した結果、2つの公爵家は取り潰し。
で、俺は王位を捨て去っていたことで、国外へ留学していた第二王子のデュナルが強制帰国させ王位を継ぐことに至った。
今、俺がいるのは、デッシュティル王国にある山脈だ。
住み着いたドラゴンの討伐依頼を受け、その討伐が終わった直後に、騎士団を連れたデュナルが現れた。
「俺と一戦やらかすつもりなら相手になるぞ」
「冗談じゃないです。「憤怒」魔王たる兄上相手に挑むほど、今のデッシュティル王国に余裕はありませんよ」
「なら、なんのようだ」
「――しばらく王国の為に力を貸していただきたい。「魔王」のネームバリューは、そこにするだけで絶大です。国力低下している内に、他国が攻め込んでくると言う事はないでしょう」
「……」
「因みに国力低下した原因は、女の尻を追う兄上が身勝手に王位を捨て去らなければ、テスラー公爵家とガキャミラ公爵家が、あそこまで増長する事は無かったでしょう」
「……」
「とはいえ、『憤怒』魔王たる兄上に、若輩たる弟が偉そうに言える立場でないのはないので、これはただのお願いですがね」
俺は舌打ちをするとデュナルの要請を受け入れた。
ローズの件で、国力低下を招いた事に対して全く責任がないとは思っていない。そこまでは無責任にはなれない。仮にも第一王子だったからな
ドラゴンの死骸を見つめる。
――この程度じゃまだまだだ。
『憤怒』の魔王紋を覚醒させた事で、少しはローズに近づけたかと思った。
しかし結果はどうだ。ルージュリアンに手も足も出ないまま敗北。そしてローズ自身も一度、ほぼ死んだ状態となった。
『ヴァシリアム。ありがとう。我儘で身勝手だった私とずっと親友でいてくれて――。ヴァシリアムは私のことを愛してくれてたかは分からないけど、私は貴方との婚約は、政略結婚的な意味合いが強かったとしても、満更でもなかったよ。貴方なら魔王紋も扱えるって信じてるから、ルージュのように反転はさせないでおくね』
そして笑みを浮かべて光の粒子となり、姿を消した。
――どう考えても過剰演出だろ。
ほぼほぼ直感だが、ローズは消えたように演出して生きている気がする。
少し前に現れたナナザイの様子を見ると、それは間違ってないハズだ。
探しに行きたい気持ちはあるが、今の俺ではアイツの前に行っても足手まとい確定だ。
『最強』のアイツと一緒にいるためには、今度こそそれなりの強さを得る必要がある。
もしローズも手に負えないような困難が起こった際に、手助けできるような強さが。
俺は空を見上げる。
たぶんアイツも、この空の下の何処かにいるのだろう。
どれぐらい時間がかかるか分からないが、きっと、強さを手に入れて、探し出してやる。
――俺は胸元に浮かぶ『憤怒』と、そして最近になって顕れた『傲慢』の魔王紋をに手を当てて誓った。
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