第26話 (元)悪役令嬢は決着を付ける


 ルージュの放った『遮二無二』を、地面に落ちていた『神宝剣ルドラ』を拾い叩き切った。

 どんな強力な技でも、所詮は魔力の塊。上回る魔力をぶつける事ができれば、何ということもない。

 私はルージュを睨むと、ルージュは身体を震わして硬直した。私の目は魔眼じゃなくて、普通の目なんだけどね?

 ビームにより何箇所も身体に穴が空いているヴァシリアムを抱える。

 これほどの傷を癒やす魔法を私は持ってない。

 私の『最強』は主に攻撃力と防御面に重きを置かれている為、回復系はほぼほぼ必要なかったと言う事が原因として大きい。

 ヴァシリアムを抱えてお兄様のも元へ行くと、ユックリと地面に下ろした。


「お兄様。ヴァシリアムとアリアのこと――お願いします」


「……ああ」


 お兄様は複雑そうな顔で頷いてくれた。

 そして私はルージュが怒りそうだけど、もう関係ない。決着をつけると決めた。

 魔王紋により感情が希薄となっているアリアに抱きつき「行って来ます」と言って離れる。


「――悪い、グレイス。俺が決着を、着けられ……なかった」


「ヴァシリアム。貴方は良くしてくれた。私の我儘なんだ。ローズとルージュリアンの、姉妹同士の闘いは見たくないという、兄としての、たんなる我儘だったんだ」


「ハハ、兄として、姉妹争いは見たくない、と、言うのは、分からなくもない。特に、貴族は、色々とあるから、な」


「もう喋るな。回復魔法は使えるが、私ではこの傷を癒やすことに時間がかかる。……ああ、一つだけ良いか?」


「なんだ?」


「なんで『王権』の権能の一つ『超回復』を使わない。それを使えば傷の回復は――いや使えないのか」


「……ああ。結界を維持するだけで、精一杯なんだ。最高強度の結界だから、な。俺の回復まで回せるほどの余裕は無かった。特にもうローズからの魔力を引き出せない状態だ。あと、どれぐらい、持つか――」


 お兄様とヴァシリアムが話をしているのが聞こえる。

 そうか、結界はそう長くは持たないんだ……。

 玉座の間はヴァシリアムとルージュリアンの戦闘で、ほぼ壊滅状態となっているけど、結界がなければ、これぐらいでは済まなかった思う。

 ――早めに決着をつけてよう。心配してくれているお兄様のためにも。

 『神宝剣ルドラ』も、私の想いに応えてくれるかのように輝く。

 この剣は「ゲーム」においては、私が所有する「最強」の剣であり、ラスボスであるローズを斃した際にヒロインのアリアから、ヴァシリアムに渡される「ゲーム」内最強の剣でもあった。

 私はどの剣でも十二分に性能を発揮して使える事から、最終的に所有者になるヴァシリアムに渡していた。


「おまたせ、ルージュ。……決着をつけようか」


「お姉さま。お姉さまお姉さま。ええ、決着?をつけましょう。お姉さまの四肢を切り裂いて、達磨にしてあげます。食事も、排泄も、会話も、私だけ、私だけとする、お姉さまにしてあげます。ああ、愛します。私だけのお姉さま」


「ルージュ?」


「大丈夫です。痛いのはきっと初めだけです。そのうちに、それすらも快感になります。ああ、いつもいつもいつもわたしをみないおねえさまを、わたしがけをみる、みてくれるおねえさまになるんだ」


「……」


「ずっとずっとありあありあありあありあありあといっていて、わたしをみむきもしなかったおねえさまが、どんなにがんばってもわたしをうえをいくおねえさまが、かんぺきでばんのうでさいきょうのおねえさまを!!」


 『雷速』で一瞬で私の前に来たルージュは、黒神剣を振り下ろす。

 私はルドラで防ぐものの、「憤怒」魔王紋で攻撃力を大幅に上げてきているため、その衝撃で壁際まで吹き飛ばされた。

 危なかった。予備動作もなかったから、もう少し防御が遅かったら致命傷を受けていたかも知れない。

 胸元にある『嫉妬』『強欲』『憤怒』魔王紋。そして七神獣の光が、今までに見たこと無いほど輝きを放つ。

 その割には、ルージュは虚ろな瞳をして、さっきまでと同じように、私に対して恨み節を呟いている。


「よう、ご主人サマ。久しぶりだナ」


「ナナザイ。今まで、何をしてたの」


「仕方ないだロ。俺は魔王紋を持つ者には、直接干渉できないんだからナ。せいぜい、他を動かして、間接的干渉に留める程度サ」


「……まぁ契約しているからって、自由を縛ったりしてないから、何処でナニしてても構わないけど、あのルージュの様子はなに?」


「ん。ああ、単純に精神が崩壊しかけてきたんだヨ。ご主人サマと違って、只人だからナ。『嫉妬』魔王紋で精神が病んだのに、その上に『強欲』を覚醒させて、『憤怒』を奪ったんだヨ? しかもイカレ女から本来不可能な『七神獣』まで奪って取り込んだと来たヨ。精神を蝕まれて当然だロ」


「なら、このままだとルージュは」


「精神崩壊でルージュリアンというカタチは死ぬナ。ただ肉体は魔王紋3つと七神獣を取り込んでる以上、暴走するのは確定だヨ」


「……」


「ま、自業自得な終わりだナ。自分の限界すら分からずに、過分な力を求めて自滅っていう、古今東西、ありふれた終わり方だヨ」


「『黙っててっ。ナナザイ』」


 私は怒りに任せてナナザイに命じた。

 身体を膠着させて黙るナナザイを放置して、私はルージュと向き合う。――うん、だいぶ遅いのは分かっている。

 こうしてきちんと、もっと前に、それこそ幼い時に、きちんと向き合っているべきだった。

 後悔しても、もう全ては遅い。

 せめて、まだルージュである内に、姉として、せめてその生命を終わらせる。

 

 ルージュは目の焦点を私に合わせると、再び雷速で今度は私の背後に回って斬りつけてきた。

 横に移動することで、振り下ろされた剣を回避する。

 私は一番得意な魔法『神帝の雷霆槌』を横殴りと言う形で発動させた。

 それをルージュは雷速で回避しようとするけど、それは無駄なこと。これは雷をその場に留める事が出来る効果がある。

 以前、アリアと闘ったとも雷速封じとして、コレを避雷針代わりに使用したことがあった。

 雷速での移動ができずに戸惑うルージュに向けて、『神帝の雷霆槌』をフルパワーで叩き込んだ。

 悲鳴を上げながら叩き飛ばされて倒れるルージュ。でも、直ぐに立ち上がり、私を見つめて来た

 傷と雷による火傷は水属性により瞬く間に全快した。

 本当に七神獣の全属性最高レベルで使用可能ってチートだよね。


「ナナザイ。ローズ・ウィスタリー・シュベァイルの名の下に命じる。『ルージュから七神獣を引き剥がせ』」


「ガァッア、この、ご主人サマ、ヨ。無茶苦茶な命令をしてくれるナ!!」


「貴方自身の意思で直接干渉できなくても、それより上の命令があれば可能でしょう」


「そういうのを暴君って言うんだヨ!!」


 ナナザイは文句を言いながら、ルージュを睨む。


「……一つだけ方法はあるナ。ただし、それを使うと俺は役に立たなくなるからナ。するなら早くしろヨ」


 その言葉に私は頷いた。

 ナナザイは舌打ちをすると、光を飲み込むほど濃い黒い魔剣を手に呼び出して、ルージュリアンへ向かった。

 黒の魔剣と黒の神剣が激突した。

 その衝撃波だけでも、並の魔法攻撃を大きく上回る威力がある。

 ルージュは雷速で移動しながら攻撃するのに対して、ナナザイは空間を自由自在に使用して巧みに攻守を優位に進めていた。

 雷速で激しく動き回っていたルージュは、突如として動きを止めた。

 自身も信じられないような顔をして戸惑いを見て取れた。

 

「どうヨ。『怠惰』の効果はサ。――ご主人サマ、後は好きにしナ。俺はもうやる気が起きねぇワ」


「……あ、ぅ――」


 激しい感情を顕にしていたルージュは、素面に徐々に戻っていた。

 ああ、そうか。『怠惰』の効果で、『嫉妬』『強欲』『憤怒』を無力化にしたんだ――。

 黒の神剣を地面に落とし、『禍津・天神地祇』は解けて普通のドレス姿に戻る。

 爛々と輝いていた魔王紋の光も小さくなっていき、奪われていた『憤怒』魔王紋と、七神獣が七色の光珠となり、ルージュから離れて元の宿主へと戻っていく。

 七神獣を取り戻したアリアは、今までのような感情が欠落したような表情から、私が良く知っている表情へと戻る。七神獣を取り戻したことで、魔王の干渉を断ち切ったようだ。

 私はアリア達を見て一安心して、ルージュへと近づく、

 『怠惰』の効果で、無気力、無感情で横になっているナナザイを一瞥して、ルージュの前に立った。

 そして私はルージュを抱きしめる。


「おねえさま?」


「ルージュ。ごめんね。ごめんなさい。貴女をここまで追い詰めてたなんて、私には分からなかった」


「……ぅぅん、もう、いいよ。おねえさまは、すこしのあいだだけど、ほんきでわたしをあいてにしてくれたんだもの」


「――ルージュ」


「あのね、おねえさま、さいごに、さいごにおねがいがあるの」


「なに?」


 私の身体の中心部に激痛が走る。

 ルージュから少しだけ離れると、大きな穴が空いていて、同じようにルージュにも空いていた。

 互いに口元から血が垂れる。

 ルージュは近寄ってくると、ルージュから抱きつき、ディープキスをしてきた。

 当たり前だけど、血の味がする。


「おねえさま。もう、だれにもわたさない。おねがい、いっしょに、ずっといっしょに、いて――。もう、おねえさまと、はなれるのは、いやなの」


「ルー……ジュ」


 意識が朦朧とする。

 血が足りない。たぶん、これは死ぬ。間違いなく死ぬ。

 ――バッドエンドを回避したはずだったんだけどなぁ。結局はこうなる運命なんだ。

 でも、死ぬにしても、1人じゃないと言うのは、妙な安心感がある。

 向こうの方からアリア達が、叫びながら来ているようだけど、もう声も出せない。

 私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 机の上には二冊の本が置かれていた。

 丁寧に造られた本で、表紙には『藤堂美咲』『ローズ・ウィスタリー・シュベァイル』と書かれていて、女性が表紙を飾っている。

 机を挟んだ先には、豪華な椅子の上に、ぬいぐるみサイズのドラゴンが一体座ってこっちを見ている。


「『管理者』……。此処に戻ってきたということは、私は、死んだってこと?」


「肯定であり、否定でもある。『観測者』よ」



 

 

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