第23話 (元)悪役令嬢と観衆羞恥



 ルージュを先頭に、私はアリアの首輪から伸びるロープを握りしめた状態で歩く。

 やって来たのはハンターギルドだ。

 ルージュは無造作に扉を開けて中に入るので、私達は続くしか無かった。

 ハンターギルドの中には、昼間という事か割と人が多い。

 私もダンジョンを踏襲するのに、ギルド登録が必要だったので、偽名で登録して王都のギルドは利用したことはある。

 その時も、昼過ぎには割とごった返していた記憶がある。


 1階のエントランスにいる人達は、アリアが四つん這いで裸の状態で入ってきた事にざわめく。

 当然だよね。私も驚くよ。

 上級Aランクのアリアが、裸で四つん這いで来たんだもん。驚くなって方が無理だと思う。

 ルージュは一番目立つ席に座ると、横に座るように促された。

 私は頷き、ルージュの横に座った。


「お姉さま。何を食べますか?」


「……ルージュの好きな物でいいよ」


「わかりました。それじゃあ、多めに頼んで一緒に食べましょうね」


「うん」


 最近、味は感じない。

 心が摩耗しているのか、何を食べても、何を飲んでも、味は無味――。

 たぶんアリアもだと思う。

 あからさまな残飯を、「雌猫の餌です」と出されて普通に食べていたから。

 ルージュが店員を呼んで、メニュー表から幾つか選び注文する

 

――おいおい、アレってAランクの『神子』だよな――、――すげぇ格好だ――、――奴隷でも何か着させてもらってるっていうのに裸で四つん這いかよ――、――もう人間として終わってるんじゃないか――、――抵抗する気もないみたいだし割と悦んでるんじゃない?――、――へへへ良いザマだよなぁ。オレたちの相手もして欲しいぜ――、――あんな格好してるんだ。頼めばさせてくれるかじゃないか――、――連れてるのって格好からして貴族よね――、――あの子、貴族相手に何したのよ――、――『神子』だからって調子に乗ったんじゃないの――


 食事を待っている間、周りのハンター達の声が耳に届いてくる。

 心配になってアリアを見てみるけど、特に変化を感じない。

 ……アリア、大丈夫、だよね?

 我慢せずにアリアに駆け寄りたい。けど、そうするとルージュが怒り、アリアに何をするか分からない。


――アリアちゃん!――、――おい、どうするつもりだアリータ――、――止めるに決まってるじゃないですかッ。アリアちゃんが、アリアちゃんが、あんな格好をされてるんですよ――、――駄目だ。一般人なら兎も角。彼女らは貴族だろう。揉め事は勘弁だ――、――そんな事を言ってる場合ですか、ギルドマスター ――、――兎に角。彼女らには関わるな。お前もギルド職員なら公私混同は避けろ――、――そ、そんな――


 二階付近からそんな声が聞こえてくる。

 どうやらアリアの知り合いの人が、この状況を止めようとした所をギルドマスターに止められたようだ。

 最近、あまりアリアの感情の機微を感じられなく成っていたけど、少しだけ感情が動いた気がした。

 それがどんな感情かは分からない。


「良かったですね雌猫。皆さんが、注目してますよ。イヤらしい姿を見せびらかす事が出来て嬉しいでしょう」


 アリアは頷く。


「なら、もっと淫らでイヤらしい姿を皆さんに、」


 私はルージュがアリアに命令する前に、口にキスをした。

 ただでさえ、全裸で四つん這いという恥ずかしい格好を晒しているアリアを、これ以上は恥をかかせたくない。

 自ら舌をルージュの口の中に入れて、舌を絡ませる。

 アリアを見て色々と言っていた人々は無言になって私とルージュの、ディープキスを見ている。

 恥ずかしい。とても恥ずかしい。皆が見ている前でディープキス。それも実の妹とだ。

 でも、アリアと比べるとマシだ。こんな事、なんでもない。

 私が恥ずかしい思いをしてアリアへの行為が減るのなら、私は恥でも何でもかく覚悟はある。


「――ッ」


 ルージュはそんな私の思いを見透かしたかのように、胸と下半身を衣服の上から触ってきた。

 もしルージュには、私がどこを触られたら感じるかを知られている。

 その為、的確に私の急所を攻めてきた。

 もし此処でルージュの行為を止めれば、ルージュはアリアに何を命じるか分からない。最悪、男達の相手をさせる可能性すらある。

 だから私は、ルージュの行為を恥ずかしいけど抵抗せずに受け入れた。


「――ィ――クゥ」


「アハハ、お姉さま。雌猫と一緒にいる内に、淫らになりましたね。――本当、憎たらしいぐらい調教されて」


 ルージュからドス黒い感情が溢れてくると同時に、胸元にある「嫉妬」と「強欲」の魔王紋が浮かび上がる。

 魔王紋は衣服の上からでもハッキリ分かるほどに爛々と輝いていた。

 だから、仮にもハンターであれば、それが何の紋章かは直ぐに分かり、エントランス内は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 本来であれば魔王紋の所持者は、神子が戦い討伐するのが歴史なんだけど、当代の神子であるアリアは、この状態。

 対抗手段がないと分かり逃げるのも仕方ない。

 しかもルージュは二重罪過魔王。挑むのは自殺行為でしか無い。

 慌ただしてエントランス内で、急に脳内に「声」が聞こえた。


『――『嫉妬』『強欲』魔王紋の気配を感知。『王権』の効果により命じる。ローズ・ウィスタリー・シュベァイル。ルージュリアン・テスタロト・シュベァイル。アリア・クラウン・エクスデス。グレイス・レジェ・シュベァイル。我が王宮に瞬時に来い!!』








少しだけ時間を遡る。



「では、署名されてから600秒間、ガミーニウ中立自治国は、デッシュティル王国の領地内と言う事で宜しいですね」


「……うむ」


 私が居るのはガミーニウ中立自治国最大の都市「デルドナ」だ。

 ガミーニウ中立自治国は議会制民主主義の方式をとっている。それが良し悪しは今はどうでも良い。

 12人の議員と1人の議長。計13名の賛成により、議案は可決された。


「グレイス元宰相。本当に、これで魔王を引き取ってくれるのだろうなッ」


「我が国内で、魔王同士の闘いなど冗談ではないぞ」


「『色欲』はある意味で経済を回しているけど、訊く限りでは新たに誕生した魔王はそうではなさそうね」


「何時の世も「魔王」は厄介ごとの種か」


「……ええ。件の魔王と、元凶である二名はしっかりとデッシュティル王国が引き取りますのでご安心を」


 議員と議長を前に、私は頷いた。

 ガミーニウ中立自治国を一時的にではあるがデッシュティル王国に併合することで、『王権』の効果範囲として、ローズ、ルージュリアン、アリア嬢を強制的に王国へと喚び戻す。

 『王権』を発動させるためには、膨大な魔力が必要だが、今は運が良い事にその膨大な魔力がある。

 ローズがされているであろう腕輪の効果だ。

 あの宝具は、抑えつけるだけではそれ以上の力を出されたら破壊されかねないため、王宮地下にある巨大な魔石へ、装着者の魔力が常に送られるよう改良され、そういう仕様となっている。

 無駄に膨大な魔力を保有しているローズの魔力を、魔石は一ヶ月以上も吸収を続けた為、かなり無茶なことが出来る。

 懐に入れてある通信石を取り出して連絡する


「ヴァシリアム。ガミーニウ中立自治国の承認が下りた」


『そうか。こっちも準備は整った。――ところで俺の魔王紋が、そちらの街中で魔王紋を感知したんだが』


「どこの街だ」


『……地図によると、『ミーユル』だな』


「ここから20kmほどしか離れてはないではないか!」


「グレイス元宰相。今直ぐに三人を引き取ってもらいたいっ」


「――分かりました。ヴァシリアム、頼む」


『了解した』


 通信石から声が途切れ、脳内にヴァシリアムの声が直接届く。


『『王権』の効果により命じる。ローズ・ウィスタリー・シュベァイル。ルージュリアン・テスタロト・シュベァイル。アリア・クラウン・エクスデス。グレイス・レジェ・シュベァイル。我が王宮に瞬時に来い!!』


 『王権』の権能の一つ『絶対遵守』による強制転移。

 私はガミーニウ中立自治国の議員達と議長に頭を下げると、この場から姿を消した。

 

 

 

 

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