第13話 第一王子は王座を捨て去る
ローズとの昔を懐かしみながら王冠を宙に放り投げていると玉座の間の扉が開かれる。
入ってきたのは、ローズの兄であり、宰相を任せてあるグレイスだった。
「どうかしたか?」
「……テスラー公爵家とガキャミラ公爵家が軍を動かしたぞ」
「ディエイス公爵家は?」
「動かずだ! 今回の件では、完全中立を謳うようだっ」
テスラー公爵家とガキャミラ公爵家には、不穏な噂があったが、俺が王位に即位する前に軍を動かしたか。
……親父や四大公爵家が極秘会談する場所を、ディスペリア帝国がどうやって突き止めたか、それは今も謎だが、一部ではその二公爵家が流したという者も居た。
血縁関係ある者をまとめて殺害して、利益を出すなんて事は歴史上、それほど珍しいことじゃないので驚きはない。
シュベァイル家は俺の婚約者を排出している関係上、現王家側に付いている。
ディエイス公爵家は、――中立、つまり動かずというのは、予見出来た。
あそこは永世中立を掲げており、どの派閥にも属さないことで、多数の裁判員やら法律関係の職種に何人もの人材を排出してきている。
派閥やらに属さないということは、不利な一面もあれば有利な面もある。
どの道、今回の内乱じみた騒動では動かないのは予想の範囲内だ。
「よし」
俺は宙に放り投げていた王冠を手に取ると、グレイスに投げ渡した。
慌てて投げた王冠をグレイスは取る。
「グレイス。王位は、テスラー公爵家とガキャミラ公爵家にくれてやる。ついでにその『王権』の証たる王冠もな。宝物庫など王宮の重要施設も封を開けて受け入れろ。ああ、禁軍は絶対に動くなって厳命しておけよ。まだ『一年戦争』が終わってから1年ほどしか経ってないのに、国内の争いで民衆を不安にさせることもないだろう」
「ちょっと待て……」
「『神宝剣ルドラ』は王宮の所有物じゃなくて、ローズからのプレゼントで、俺の大切な物だ。絶対に渡すつもりはないぞ」
「ちょっと待てと言ってるだろっ。ヴァシリアム第一王子!」
「なんだよ」
顔を真っ赤にして怒鳴ってくるグレイス。
あまり怒るなよ。血圧があがって健康に悪いぞ。
「――王位を捨ててどうするつもりだ」
「ローズの場所に行くに決まってるだろ。あいつが居ない生活なんて退屈極まる」
「あのバカ妹のために王位を捨てるというのか!」
「そうだよ? アイツと一緒に居られるか、王位を捨てるか、その二択を選べっていうのなら、俺は迷うことなくローズと居られる方を選ぶ。それにだ」
「それに、なんだ」
「アイツがいない状態で、王位に居たら、俺はこの国を滅ぼすぞ? ガチで」
ローズが近くにいるのなら、例え死ぬほど退屈な王政もしかたなくやって善政を敷いてやるさ。でも、いないんだよ。普通に善政してても、アイツは来ない。なら、暴君となって悪政を敷いて、怒鳴り込んでくるのを待つぐらいの事は俺は平気でやる。
残念な事に、そこまで俺は王位に固執はない。ローズの方が大切で、王位なんかは塵芥に等しい。
アイツが居ないのなら、探して見つけ出すのみだ。
王位を――王国を欲しがっているテスラー公爵家とガキャミラ公爵家に、煩わしい物はくれてやるさ。好きにすればいい。
ローズがいないまま暴君として政治するよりは、まあマシな政治をするだろう。
「……クソッ、バカ妹の悪い影響ばかり受けてくれたな、バカ王子!!」
「ハハハハ。ああ、そのお陰で楽しい毎日を送れた訳だ。グレイス、俺みたいな者のために宰相として頑張ってくれた事は感謝している。――ありがとうな。そして、すまないな。俺はローズに言われてたように、――バカ王子だったようだ」
王座から降りて、忌々しそうな顔をしているグレイスの肩を叩いて玉座の間を後にした。
ローズの影響を受けた俺は、ダンジョン踏襲や魔物の討伐をしていた事で、王室御用達の高級な宿に1年は泊まれる程度の財産は蓄えている。
宿なんてのは、普通に寝ることができれば良い。ローズは公爵家の令嬢でありながら、防犯設備も満足にない宿に泊まろうとしていたな。
ローズほどの馬鹿げた強さを持っている相手を襲うのは、相手の実力を測れない三流以下。寝ていても、無意識に防衛魔法を組んで、『神帝の雷霆槌』を放つようにしている。
親父に唆され、夜這いに言った時は死にかけた。
夜這いって言っても未遂で、部屋に入って頬に触れようとした時点で、『神帝の雷霆槌』が放たれた。
今では懐かしい思い出だ。
「ヴァシリアム・ジル・ディースト・デッシュティル第一王子!」
王都から出て、しばらく歩いていると、武装した兵士が100人ほどが道を塞ぎ立っていた。
「――もう王子は辞めたんだよ。今はただのヴァシリアムだ」
「では、元第一王子。コチラとしては手荒な真似はしたくない。大人しく王都に戻っていただきたい」
「断る。もう一度言うぞ。俺は、もう、第一王子を、辞めたんだ。だから、俺の邪魔をするな」
……こいつらの鎧に書かれている紋章は、テスラー公爵家のものだ。
王位に、『王権』を発動させる王冠、王宮の宝具に宝物は全てくれてやった。
まだ欲しいものがあるとすれば、――まあ俺の頸か。
残念だが、俺の頸をお前らなんかにくれてやる気がない。これがローズが言ってきたのなら、考えなくはないがな。
しかしコイツらも俺を王都に戻すように命令を受けている以上は、簡単には通らせてくれないだろう。
鞘から『神宝剣ルドラ』を抜いた。
爛々と輝くルドラ。俺の成長とともに、この剣も合わせて強くなってくれている。もう手放すことのできない相棒でもある。
兵士たちが剣を抜き、槍を俺の方へと向けた。
人がせっかく忠告してやったのに。俺は、もう、第一王子ではないのだ。
つまり――感情を抑える必要がない訳だ。
今まで、第一王子という事で、裡にある激しい感情を押し殺してきた。次期国王である俺にとってあまり良いものではないからな。
だが、もう俺は第一王子を辞めた。もう、押し殺す必要はないのだ。
胸元が感情を感じ取り熱くなる
「――な、な、なん、だと」
「アレはアレは――。魔王紋だ!」
「しかも、あ、あの紋章は7つある魔王の中でも、最強の攻撃力を誇るとされる――『憤怒』」
「ありえない。今、今の世にいる魔王は「色欲」のみのハズだぁ!」
「悪いな。もう第一王子でなくなった以上は、もう、感情を押し殺す必要がなくなったんだ。――だから、俺の路を塞ぐなら、問答無用で殺す。俺の怒りを受けてみるか」
うん?
封印していた『憤怒』の魔王紋を開放したことで、ローズの場所がだいたい感知できる。――契約している大魔神王の影響だろうな。
場所はガミーニウ中立自治国か。
……そう言えば、あそこにはアリアが育った孤児院があったハズだ。
ならば、その辺りに行けば見つけることができるだろう。
その前に、目の前の連中をどうにかしないとダメか。魔王に挑むなら、高ランクのハンターを連れてこないと意味がない。
ただの兵士など魔王の前には塵芥に等しい差がある。
ルドラに魔力を充填し、100人規模の兵士に向けて振り下ろした。
魔王の赤い魔力が、まるで暴風のように辺りを切断しながら、地面を削り、赤い閃光が兵士たちを飲み込む。
全て収まった時には、兵士の姿はなく、無残に破壊された街道が残った。
……軽くするつもりでコレか。
魔王討伐部隊とか編成されないよな。ただ編成されて、もし追ってくるようなら返り討ちにするけどな。
「待っていろ、ローズ! 必ず探して出してやるからなっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます