第12話 第一王子と悪役令嬢 【下】


 俺は地面に膝を付き、両手を地面に付けている。

 正面に居るのは公爵家令嬢で、俺の婚約者であるローズ・ウィスタリー・シュベァイルが、手に模造剣を持ち、「この結果は当然のこと」のような顔で立っていた。

 

 10歳ほどの頃だ。

 王国騎士団の隊長から剣を習って上達した俺は、たまたま王宮に来ていたローズに試合を申し込んだ。

 ……俺も若かった。どうしてもローズを上回りたくて、剣の勝負を挑んだのだ。

 初めは「何を言い出すんだ、バカ王子」みたいな顔をしていたが、俺がしつこく言うので諦めたようにローズは試合を受けた。

 

 模造剣により一本勝負。

 俺に剣の手解きをしてくれた師匠といっても過言ではない、フィルグ団長が見届人になってくれた。

 そして勝負は一瞬で着く。

 圧倒的に俺の負けで終わった。

 俺が先制攻撃をしたにも関わらず、圧倒的な速さと力強さで剣を弾き飛ばし、喉元に剣を突き付けられた。

 今までしてきた事が無駄に終わった気がして、俺は崩れ落ちた。

 その直後にグレイスがやって来て、ローズの頭に拳骨を落とし、頭を掴み、強制的に謝ってきたが、そんな事も気にならず、俺はふらふらと立ち上がり、ローズとは目を合わせることなく、この場を去った。

 

 その日はローズに勝てなかった……いや勝負にすらならなかった事に苛立ちを覚え、さっさと寝て、目が覚めたときには、王国内にある難度10度に設定されているダンジョン『イルナ』に居た。

 何を言ってるか分からない?

 その時の俺も分からなかったよっ。

 難度10度は、Bランクのハンターが5名以上のパーティーを組んで万全な状態で挑み踏襲率70%という難易度を誇るダンジョン。

 因みに学園地下にあったダンジョンの隠し部屋から行ける大魔神王が居たダンジョンは、今は難度50度に指定された。

 そこはローズですら何度も死にかけて二度と挑戦したくないと零すほどなので、もう人外魔境の領域だ。挑戦者はローズ以外には、今の所はアリアしか踏襲記録はない。ローズ、またはアリアに嫉妬している奴らが意固地になって踏み込んだと聞いた事があるが、そいつら王立病院で寝たきりの生活を送っている。


『さて、王子。頑張ってダンジョン踏襲をしましょう』


『いやいや、無理だろっ。「イルナ」だぞ。難度10度のっ。子供二人で踏襲できるハズが』


『私は一年前にソロで踏襲しましたけど?』


 なんでもないようにローズは言った。

 どうやら友人の令嬢にアリバイ工作を頼み、密かにダンジョンに潜っていたようだ。


『因みに此処は「イルナ」地下25階にあるセーフティエリアですから、帰るのも一苦労ですよ? 』


 公式記録ではイルナは地下40階。つまり半分以上は潜っていることになる。

 ここで帰ると言えば、ローズは一緒に帰るだろう。そして失望するように俺は感じた。

 剣でも負け、その上で失望されるなんて事は耐えられない事だ。

 俺は覚悟を決めて「潜る」と言うと、ローズは笑みを浮かべて剣を渡して来た。

 『神宝剣ルドラ』。担い手が成長することで、剣自体も成長していく特殊な宝剣。この時から、今も俺の愛剣として活躍している。

 

 「イルナ」にいる魔物は強かった。

 フィルグ団長に教えてもらってた剣技が、ルドラの影響でなんとか通じる程度。

 そんな魔物を涼しい顔をして、剣を振りながら一撃一殺をしていくローズは異常だ。

 下層に行く途中に、なんでダンジョンに潜ってるかローズに聞いた。


『私には絶対に抗いたい運命があるんです。それにはある女の子を助けられる絶対的な強さが必要です。強さを得るためには、ダンジョンで鍛えるのが最適だと思いませんか?』


 真剣な顔でいうローズ。

 その女の子は、後に俺の腹違いの妹であるアリアだとだいぶ後で知った。

 今でもアリアがどういう形で、絶対に抗いたい運命とやらに関わっていたかは知らないが、学園を卒業した辺りには終わっていたようだ。卒業式では、かなり喜び、アリアや俺達に抱きついてきたのを覚えている。

 

 ダンジョンはそのまま最下層まで行き、ダンジョンの主はローズが「神帝の雷霆槌」で撃破。

 当たり前だが、初めて会った頃に見た「神帝の雷霆槌」とは威力が桁違いに上がっていた。

 そしてダンジョンの入口へ戻ってくると、凄くいい笑顔をしたグレイスがいて、青筋を浮かべている。それを見てローズは、初めて悲鳴を上げて俺の後ろに隠れるも、直ぐに引き剥がされ拳骨を受けるハメになった。


『お兄様っ。何度も何度も拳骨をしないで下さい! 頭がバカになったらどうしてくれるんです!』


『心配なくてもローズ。お前はもう大馬鹿者だっ。第一王子をダンジョンにっ、しかも難度10度に連れ込むとは何を考えている!!』


『大丈夫です。難度10度程度なら、一年前に踏襲終わってますっ。今は難度20度に挑んで――』


『ほう。難度10度、一年前に踏襲? しかも難度20度に挑んで、なんだって? 兄に教えてくれるか。可愛い我が妹よ』


 ローズは公爵令嬢らしい完璧な笑顔をすると、グレイスに背を向けて、スカートをほんの少し持ち上げると、全速力で逃げ出した。

 「多少の手荒な事をしても良いから縛って私のもとに連れてこい!!」と声を荒げて指示を出すクレイズ。捕まった時のおしおきに怯えて逃亡するローズ。

 俺は思わず笑った。

 正直、あまり超人振りにローズと一緒にいられるか不安だった。

 でも、こういう姿を見ていると同じ人間なんだと思えたからだ。

 

 俺はローズからプレゼントされた『神宝剣ルドラ』を握り、ローズを超えるかも無理かもしれない。

 それでも、せめて一緒に居られるほどの強さを手に入れようと考えた。

 

 

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