第3章 悪役令嬢に影響された者たちの追想

第11話 第一王子と悪役令嬢 【上】


 王座の上で足を組みを、王冠を宙に放り投げながら天井を見上げた。

 くそっ退屈だ。

 ローズが居なくなった。

 本人が突如として居なくなる事は、それほど珍しくもないことだ。

 学園の高等部に入学した頃、数日の間、姿を消していたと思ったら、お伽噺に出てくるような存在――七大罪の大魔神王と契約して、とりあえず執事としてやってもらう、と、言ったローズの何時もと違わない様子は、ある意味で驚かされた

 そもそも封印されているようなヤツを、封印を解くようなマネをするなと言いたかった。

 俺が言っても訊かないので、今は俺の宰相をしてもらっているローズの兄――グレイス・レジェ・シュベァイルに、ありのままの事を手紙に書いて送ると、翌日には強制的に帰されて説教を受ける事になったようだ。

 その事についてローズが文句を言ってきたが、自業自得だろうに。

 俺が手紙で送らなくても、行動力の高いローズの行動は遠くない内にグレイスに伝わり、結局説教を受けるハメになったハズだ。

 

 そんな突発的な行動をとるヤツが居なくなって酷く退屈な毎日を送っている。

 もう20日近く経っているが、まるで騒ぎが起きない。

 つまりローズは身動きがうれない状態になっていると考えていいだろう。

 

 アイツの戦闘能力は、悔しいが最強だ。しかも大魔神王まで従えている。

 そんな化物クラスを捕らえておける存在を、俺は1人しか知らない。

 腹違いの妹、アリア・クラウン・エクスデス。

 この世でアイツをどうにかできるとすればアリアだけだ。

 ローズはアリアに対してドを超えて甘い。アリアが世界を滅ぼしても、味方するぐらいに甘い。

 その甘さを、1割でも婚約者の俺にも分けてほしかった。

 

 ローズと初めて会ったのは、まだ幼い頃だった。

 王家と公爵家による政略結婚の意味合いが強い婚約で、互いの顔合わせの為に、俺は公爵家へと行った。

 そこで中庭にいるローズと出会った。

 俺は不覚にも見惚れてしまった。ローズは美の女神だと錯覚するほどに美しかったのだ。

 だが、子供の頃の俺はそれを認めるのが妙に恥ずかしく、ローズに向けてこう言ってしまった。


『お前が、ローズ・ウィスタリー・シュベァイルか! お前のようなブスが俺様の婚約者になれたんだ。家の持つ権力に感謝するんだなっ!!』


『――はい?』


 ローズは呆けたような声を出し、少しして俺が何を言ったのか理解すると、とびっきりの笑顔で俺に向き合い、腹パンをしてきた。

 魔力で強化された一撃は、俺の意識を失わせるには十二分な一撃だった。

 気がつくと身体に何十にもロープを巻かれ、森の中に横たわっていた。

 少し離れた場所にいるローズは、俺に向けて言ってきた。

 

『バカ王子様。女性に対して「ブス」とかいう名誉毀損なコトを言うと、怖い魔物に襲われると習いませんでしたか? 習ってない? なら、仕方ないですね。私に対して「ブス」と言った事を、その身で体験して後悔してください』


 黒いオーラを出しながらローズは言った。

 「今すぐ縄を解け」とローズに対して命令しようしたができなかった、

 魔物が現れたのだ。

 現れたのは魔猪。通常の猪と比べると、十数倍の大きさで、一歩踏み出すごとに地面が揺れる。

 とてもではないが幼い子供に勝てる相手でない事は、当時の俺でも理解できた。

 「人間」という餌を目の前にした魔猪は、興奮した様子で駆けてくる。


『おい、今直ぐに逃げろ! 俺が少しは時間を稼いで――』


『……王子は本当にバカですね。でも、そう言う所は私は好きです。将来、きっとそんな所に救われる人(アリア)がいますよ』


 優しい笑顔に、俺はそれ以上は何も言えなくなった。

 ローズは俺の前に立つと、軽く呪文を唱える。

 ――神帝の雷霆槌(トール・ハンマー)――

 ローズ十八番である魔法が炸裂した。

 巨大な魔猪を覆うほどの巨大な雷のハンマーで叩いた。その衝撃は強く、地震を錯覚するかのような揺れと、嵐を思わせる暴風と雷が発生する。

 魔猪は黒焦げとなって斃れた。


『ふふーん。最強スペックの私にかかれば魔猪なんてこんな物です。王子さま、一応、念の為、結界張ってましたが、怪、我……』


 ローズはドヤ顔で振り向き、俺の顔を見るとスカートを押さえて、顔を真っ赤にした。

 ローズが何に勘違いしたかは、あの時は分からなかった。

 俺は顔を赤くしていたらしい。それはローズの圧倒的な強さとなんとも言えない美しさに興奮していたからだ。勿論、そんな事はローズに分かるはずもない。ローズは『神帝の雷霆槌』で発生した風でスカートが捲れて、下着を見られたと勘違いしていたのだ。

 

『バカ、王子――。ほんの少しは見直したのにっ。婦女子のスカートの中身を覗いて、顔を背けずに赤らめたままでいるなんて――』


 二度目となる『神帝の雷霆槌』が発動。

 サイズは、大工が持つほどのサイズに変わっていたが、それでも威力は高く、直撃を受けた俺は意識を失った。

 次に目を覚ましたのは公爵家にある客室用のベッドの上であった。

 目を覚ますとローズと、兄であるグレイスと共に謝りに来た。

 ローズは少し不満そうであったが、グレイスに睨まれて、しぶしぶと謝っていた。

 

 初めは政略結婚で、つまらない結婚だと思っていたが、ローズとなら面白い毎日を送れるとその時思った。

 ただ同時に、ローズと一緒にいるためには、強くもならないといけないと思ったのだ。

 ローズは強い。あの年齢で大人顔負けの魔法の腕がある。

 俺は魔法ではローズに勝てないと悟った俺は、剣の腕を磨くことにした。

 

 

 


 

 

 後にローズ・ウィスタリー・シュベァイル曰く


「バカ王子の対面は最悪だった。顔を合わせた瞬間に「ブス」って言ってきた。ありえない。私は思ったね。今の内に矯正しておかないと、将来、アリアと会った時に同じことを言うなって。美の神すら超えている美しいアリアに対して「ブス」なんて言った日には、私がバカ王子を殺しかねない、え、冗談? 冗談じゃないけど? 考えてみてよ。バカ王子がアリアに対して「ブス」って言えば、周りの令嬢もアリアを「ブス」って言う。巡りに廻って、アリアに貴族はやっぱり性格が悪いと思われる=私も貴族だから好感度下がるという悪循環が発生するんだよ! 冗談じゃないねっ。多少キツめにしてでも矯正させる事にした。

 でも、魔物の前に連れて行くのはやり過ぎたかなーって思ってる。私もあの時は幼かったし、今はもう時効だよね。あ、私が斃した魔猪は公爵家の料理人が捌いて貰って、王子と一緒に鍋で食べた。うん。とっても美味しかった。

 その時に、お兄様から「なんてコトをするんだ」と鉄拳説教を貰った。――私も被害者なんだけどなぁ。「ブス」って言われて、す、スカートの中も覗かれるし。精神的苦痛はかなり受けたんだけど。

 え、アリア、どこに行くの。『天神地祇』に成ってまで。え、「ローズ様を「ブス」に見えて、しかもスカートを中を覗くイヤらしい目なんて存在しないほうがいいですね」って、いや、ちょっと待って。もう昔のことだから。気にしてないからっ。だから、ちょっと落ち着いて――!!」



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