Bake ‐ベェク‐ 55分
詩杏はミスペルの指導を受け、めきめきと能力を発揮していた。たまに味が乗らないときもあるが、その場合は厳しく叱咤されていた。意外とスパルタである。
しかしながらシグレは、未だ詩杏と専属の契約を結んではいなかった。踏ん切りがつかなかったのである。
「どうですかな、お嬢さんの腕は」
「悪くはなくなったようじゃな、長老殿のお蔭です」
ミスペルは嬉しそうに、うんうんと頷いていた。
「でしたら次は、シグレ様の番ですな」
「朕の……番?」
何の気なしに詩杏の成長を見ていたシグレは、久しぶりに頭を働かせる。自分にも何か菓子を作れと言い出すのだろうか。
「シグレ様、皇帝を目指すのはもちろん大事です。が、全てが全てパティシエ任せにはできません。己の足りない部分を埋めてくれる相手を選ぶのも、面白いものですぞ」
「朕の足りないもの……」
それはまさしくパティシエの腕であった。政策などのことは常々考えているつもりで、いつでも皇帝に伸し上げてくれる者を探している。いまだって詩杏より腕の立つ者がいれば、すぐにでも心変わりできるほどであった。長老は詩杏の影にクラム・ショコラが見えると言うが、果たしてまだ信用はできない。
「シグレ様は、ガトー様の面影に縛られておいでです。菓子職人は媚びません。自分が楽しいかどうかだけで行動する、厄介な生き物です」
確かにそれは厄介だ。それは断られていた自分も感じ取っていた。いくら政策を並べ立てても、去っていく者は去っていく。であるならば、政策を語るのは無意味であると言うことだろうか。それを施行すれば、もっと世界は良くなると考えているのに。
「ですが……、決めるのはシグレ様自身です。老いぼれには語ることしかできませぬが。シグレ様にもパティシエ側にも、決める権利はあると言うことを覚えておいてくださいな」
決める、とはどういうことだったか。こんなにも難しいものだったか。もちろん双方に選択の権利はあることは分かっている。でなければこれほど苦労していない。
この状況はシグレにとって、たいへん面白くなかった。そう言えば、最後に心が躍ったのはいつだっただろう。皇帝になると決めたとき? 父の英雄譚を聞いていたとき?
そのどちらでもないような気がする。詩杏はここでの製菓を学んでから、生き生きとして楽しそうであった。それほどミスペルの教えるレシピは魅力的であるのだろう。
果たして自分には。誰かを笑顔にさせるだけの人物にたり得るだろうか。それは政策に乗せている内容を繰り返すだけでは、得られないのかもしれない。
その夜、シグレは詩杏を呼び出した。長老の小屋の近くに位置する巨木に腰掛け、ミスペルの修行やここでの数日間のことを訊く。
「どうじゃ、少しは慣れたかの?」
「まあ、ちょっとはね。シグレくんは大丈夫?」
「ん? ああ、そうじゃな」
詩杏は複雑そうにはにかむ。元いた世界に帰りたいのだから、慣れてしまっては困るのかもしれない。
「……朕がシアンハニーを手に入れたら、やはりお主は嬉しいかの?」
「そりゃそうだよ! ……でも、ムリはしてほしくないかな」
「どうしてじゃ? それがあれば帰れると言うのに」
詩杏は頭をひねり、必死に言葉を選んでいるようだ。
「う~ん……、でもシグレくんにはシグレくんの夢があるみたいだし、無理強いはできないかなって。確かに嬉しいけど、そのために自分でも何かできるようにって修行受けてるだけだから」
不穏な単語単語が聞こえたようなので、シグレは恐る恐る訊いてみた。
「自身の腕が上がったら、他の貴族に就いてでもシアンハニーを手に入れると?」
「あっ、そっか! 誰かに就かなきゃいけないんだっけ!? 全然考えてなかった!」
やはり異世界に住む人間であるので、大事なことは忘れていたようだ。しかしそれを思い出したのであれば、将来はその可能性もあると言うことだろう。若干、話を振った自分を呪う。
「……いまは、楽しいかの?」
「楽しいよ! 色んなレシピ教えてもらってるし、勉強になる!」
何も知らない土地に迷いこんでなお、楽しいと心から言う彼女が、シグレには羨ましかった。自国であるにも関わらず、自分には楽しいと思えることが少ない。この人物と共にいれば、もっと楽しいと思えることも増えるのであろうか。
「お主は根っからのパティシエールじゃの」
逆境をも跳ね返すほどの興味。それが自分にもあれば。
「のう、朕には、何が足りないと思う?」
「えぇー……? 急に言われてもなあ……。シグレくんは立派だと思うよ?」
詩杏は困ったように苦笑いをした。でも、と彼女は続ける。
「足りないところは誰かが埋めればいいじゃん。自分が全部できるわけじゃないんだからさ」
「そう……、じゃな」
そうなのだ。昔から自分に言い聞かせているはずなのに、いまになって分からなくなる。役目だけの分け方ではないのだと、少し感じ取れた気がした。自分も、楽しく生きられるようになればいいのだろうか。いや、何も自分で無理に作る必要はない。そこも補えばいいのだ。人生の充実は、もしかしたら彼女が埋めてくれるかもしれない。
そう思い立ったら、肩の荷が降りた気がした。いま詩杏にお願いしたら、その半分を担いでくれるだろうか。
「のう、お主、朕の専属パティシエールにならんか?」
「えっ、わたしが……、なっていいの!?」
「もちろんじゃ。朕の考えは決まったぞ。ここに契約の儀を交わしたい。構わんかの?」
詩杏は一瞬、口をつぐむ。もう心変わりしてしまったのだろうか。
「それって……、どうすればいいの? わたしやり方分からなくて……」
「ふ、パティシエ側は口約束でいいのじゃ。差し出せばならぬのはこちらの方でな」
言ってシグレは胸ポケットからきらりと光るものを出す。銀のアラザンのように光沢を放っているのは、シグレ専用の一つ星であった。必要あるかは分からぬが、父が趣味で作ってくれたらしい。本来は皇帝になった暁に専属パティシエに贈られるものであるが、いま渡しても問題ないだろう。
皇帝になろうがならまいが、自分は詩杏を専属として選んだのだ。これを贈るのにふさわしい。
「きれい……! 貰ってもいいの?」
「ああ、胸の星の隣に付けておくが良い」
「そうするね! ありがとう」
どうやらこの星を気に入ってくれたようだ。シグレは少し安堵する。詩杏が胸に星を通したとき、女性の大声が響いた。
「見つけたわよ!?」
それはあの製菓店の店主であった。名をヌガー・ピスタチオと言う人物らしい。詩杏とシグレはびくりとして身構える。シグレは腰の短剣を素早き抜き、詩杏を守るようにかばっていた。
「たったひとりで何ができるのかしら、坊や」
「それはそちらも同じじゃろうて!」
「果たしてそれはどうかしらね!?」
どの言葉が合図か、ヌガーの後ろには腕っぷしの強そうな男たちが集まってくる。
「何!? ぐっ!」
「シグレくんっ!? 離してください!」
一斉に飛びかかられ、力の弱い二人はあっさりと捕まってしまった。そこに傍観していたヌガーが歩み寄ってくる。腕を後ろに回された詩杏の前に止まり、顔を摑んできた。
「むぎゅ!?」
頬を締められ変な声が出る。何とも忌々しいと言う表情で睨み付けてきた。
「ほんっとに! 手間取らせないでよね、ハニー・キャンディ! 連れていきなさい。子どもの方は用なしよ」
下種(げす)な笑いを浮かべる男たちに、二人は引き裂かれる。
「待て! それをどこに連れていく気じゃ!?」
「悔しければ取り返してごらんなさい? できるわけないけれどね!」
ヌガーの高笑いは、夜の村にこだました。シグレを残し去っていこうとする。
「シグレくん!」
シグレはそれなりに強いのかもしれないが、助けを求めることはできなかった。男の屈強な腕に比べたら、あのような細い腕はすぐに折れてしまう。怪我をさせては申し訳ないと、その先の言葉は叫べなかったのである。
自分は人違いなのに、とは思うが、ずるずると引き摺られるしかできなかった。やがて痺れを切らしたのか、腰に抱えられ駆け足で分からない道を移動する。
「きゃっ! どこまで行くって言うの!? 教えなさいよ!」
しかしその問いかけは、夜の森に吸い込まれていくばかりであった。
「痛っ!」
どさりと乱暴に床に落とされ、詩杏は腰を強打した。絨毯は柔らかいようだったが、やはり衝撃はある。ヌガーの方はと言うと、恭しく腰を折り、誰かと対峙しているようであった。詩杏も力ずくで同じように正座をさせられる。
「親愛なるウーヴァ皇帝陛下。クラム・ショコラをお持ちしました」
腕はまだ後ろで組み敷かれており、身動きが取れない。
「おお、待ちかねたぞ!」
もう夜も更けているであろうと言うのに、元気な皇帝である。純度の高い蜂蜜の髪を振り乱し、狂喜乱舞していた。
「ちょっと! わたしをどうする気!?」
「クラム・ショコラ! 私の専属パティシエールに任命するぞ! 私と契約するのだ!!」
息せき切って青年は捲し立てる。しかしその願いは、詩杏には受け入れられなかった。
「契約は……できないわ! だって、わたしは、もう契約済みだもの! わたしの貴族は、シグレくん……シグレ・ベェクくんだから!!」
体を捕まえられながらも、反抗のため叫ぶ。例え契約していなくても、このように人を乱暴に扱う皇帝の専属などまっぴら御免だった。
「何……だと!?」
ウーヴァと呼ばれた皇帝は、顔が激怒で歪む。詩杏の胸に掲げられた金と銀の二つ星を確認して、真実であることを見定めたようだ。歯が欠けそうなほど噛み締め、ギリギリと音を立てていた。
決して恐怖で負けてはいけないと、詩杏は本能で悟る。
「だから……! あんたの専属には、ならないわ!!」
「黙れ! だったら気が変わるまで拘留しておくまでだ!! ヌガーも牢に放り込んで置け!」
黄金糖の髪を掻き毟り、従者にそう吐き捨てた。
「何よ! そんなことしたって、変わらないんだからね!?」
「そんな…、皇帝陛下!? どうして私まで!?」
懇願の声は誰にも聞き入れてもらえず、女二人は謁見の間から引き摺り出される。次いで放り投げられた場所は、冷たい石が敷き詰められた薄暗い牢屋であった。
「もう! そんなに乱暴にしないでよね!?」
詩杏は眼を吊り上げて激高するが、石肌にこだまするだけだった。いくら叫んでも答えはないので、詩杏は一度諦めて硬い地面に腰を下ろす。切り取られた岩と鉄の棒しかない場所で、久方ぶりの孤独を味わった。何をすることもできず、ただ尾てい骨を痛めるだけである。しかし自分では何をすることも叶わないので、どうにも不便であった。
シグレは、どうしているだろうか。無事ならいいのだが。男たちは強そうであったので心配だ。しかしそれより何より、専属になった瞬間に連れ去られてしまったので、シグレには何もできず仕舞いである。それが少し申し訳ない。
そのとき、コツコツと靴の鳴る音が聞こえた。よもやすぐ釈放とはいかないだろうが、短気そうなウーヴァが様子を見に来たのだろうか。それにしては、足音はやたら落ち着いていた。
「食事をお持ちしました」
牢屋の前で止まったのは、一人の男である。厨房着のようなものを着ているので、パティシエなのだろうか。切れ長なレモン色の瞳と、小麦色の髪がランプに照らされていた。態度もそうだが口数も静かそうで、必要なことだけしか話さないような雰囲気を纏っている。
持たされているのは、簡素なレモンタルト。簡素とは言っても手は込まれているようで、芳醇な香りがしていた。彼は誰かの専属になるのだろうか。ふ、と胸の辺りを見ると、掲げられた星は三つだった。それは皇帝専属にしか賜れない数だ。
「ちょっと待って! ねえ、あなた、皇帝様の専属パティシエじゃないんですか!?」
鉄格子の前に皿を置いて去ろうとしている彼に、詩杏は声をかける。青年は立ち止まるが、静かに悪態を吐いた。
「それはそちらでしょう? 自分はただの、その場しのぎにしか過ぎませんから」
「え、それってどういう……。あっ、ちょっと待ってよ! ねえ!!」
詩杏の呼びかけは、再び地面に吸われる。“その場しのぎ”、とはどう言うことだろう。詩杏だって言葉の意味くらい知っている。その指し示す意味は、いったい何だと言うのだ。
しかし連れ去られたり叫んだりで、少々腹が減ったようだ。考えるのは腹ごしらえが終わってからでもいいだろう。詩杏は置いて行ってくれたレモンタルトをいただくことにする。どうせなら紅茶かレモネードでも付けてほしいところなのだが、それはぐっと我慢だ。
「う~~ん!」
それはしゅわっと甘酸っぱく爽やかで、それでいてタルト生地はほろほろと溶ける。確かに美味しいのだが、しかしどこか物悲しい味がした。余韻と言うものだろうか。レモンピールを入れ過ぎたときにも似ている。後味は苦く、いつまでも舌に残っていた。
シグレは命からがら逃げだし、森の深くへ身を隠していた。統率の取れていなさのお蔭で助かったとは、現皇帝に何ともはなむけできない。
しかし、とシグレは一際輝く方向へと眼を向けた。自分は赴かねばならぬ、他ならぬ自分の意志で。専属契約を結んだと知れれば、皇帝に会う前に何をされるか分からなかった。シグレは腰の短剣を覗かせ、刃の状態を確認する。もしものときは、まだ使えそうであった。
「よし」
少年は意を決して、宮殿の正面から門を叩く。自分を見て従者たちがざわざわと騒ぎ立てているが、どうやら情報は出回ってはいないようであった。皇帝に謁見を申し込んだシグレは、しばらく待たされた後、ようやくウーヴァと相見えることができた。
「自分からのこのこと捕まりに来るとは。身を固めたのか?」
ウーヴァは鼻で笑い、シグレを軽蔑したような眼で見ている。
「こうしなければ、朕の言葉を聞いてくれないと思うたからじゃ」
「はっ! 笑わせるな! 私の配慮も汲めんガキが。物申すこと自体、畏れ多い」
それは、弱ったネズミをわざと逃がして狩りを楽しむネコのような行為だった。自らの宮殿に招いていれば、ひ弱な子どもはいつでも捕まえられる。だからいまはシグレを捕縛しないでおいてやっているのだ。その面白い遊びは、簡単に終わらせてはつまらない。
「クラム・ショコラを――、朕の専属をどこへやった?」
初め誰にでも分かるように呼称したが、シグレはすぐに言い直す。それは自分にも詩杏にも危険が及ぶ位であったが、そう証明しなければならない意志があった。誰が何と言おうと、詩杏はシグレの専属パティシエールなのだ。
その言葉を受けて、ウーヴァは面白くなさそうに苛々する。
「その契約、すぐに破棄しろ!」
「お主にはもうリモン・トルテがおるじゃろうが!?」
被せてシグレは叱咤する。そう、既にウーヴァには専属のパティシエがいるのだ。それを放っておいて、他の人物と契約など有り得ない。
「リモンはただの道具だ。私が皇帝の椅子に座るためだけに存在する。しかしリモンではいつ地位が危うくなるか分からないのでね。だからクラム・ショコラと改めて契約するのだよ。ガキには分からないかもしれないけどね」
冷たく言い放ち、シグレを絶望させた。このままではいけない。国にも職人にも悪い影響を与えてしまう。
「リモンの気持ちを考えたことはあるのか!?」
「そっちこそ、本人から直接どうしたいと聞いたのか? 知らぬ者が口出しするものじゃない」
「それは……」
終始こちらを馬鹿にするような態度であるが、それには言い返せなかった。それならば、とシグレは考える。
「ならば、クラム・ショコラの意志は朕が良く分かると言うもの。彼女と一番ときを過ごしたのは朕じゃ」
「……! このガキが!」
若干言いくるめられたが、ウーヴァにはその法則は存在しない。知らなければ、これから従えさせればいい。大事なのは時間でなく権力だ。全てにおいて自分が一番。自分の言葉を聞かない者は、意地でもねじ伏せればいい。
生意気なガキは大嫌いだった。
「ふん! それもいずれは私のものになる。そこで指を加えて見ているがいいさ」
「――――……」
シグレは険しい顔をして、最後のカードを切る。
「ならば朕は決闘を申し込む! 敗れたらクラム・ショコラは即刻お主に譲ろう! 条件や食材、調理場もお主らが指定してかまわん。正々堂々奪ってみせよ!」
「は? ふっ、あはははははっ!! 何を言い出すかと思えば! その条件の意味が分かって言っているのか!?」
ウーヴァは高笑いする。いくらクラム・ショコラでも、相手の得意と対峙させられれば、どうなるか結果は分からないのだ。実際、過去にはそうして敗れたクラムもたくさんいたのだった。
自分の専属の得意とするところは、こちらが良く理解している。
「まあ良いだろう。その条件、しかと覚えておくんだぞ!?」
「朕に二言はない」
面白くてウーヴァは笑いをこらえきれない。やはりガキだ。世間を何も知らない。だがこれはクラムをすぐに手に入れられる好機だった。ウーヴァに対しても、条件を変えられては困る。
「分かったぞ! では明日だ! 私に時間はない!」
「飲もう」
明日、とは言ってもきっと向こうには準備ができる時間がある。一方詩杏は、どこにいるか分からないが、何も知らずに連れて来られるに違いなかった。
そして、その予想は的中する。表向きは来客として客間に一晩中軟禁されたシグレは、ほとんど眠れなかった。考えても仕方がないのだが、こうしている内に詩杏に何か盛られたら、と思考を巡らせてしまう。
詩杏と再会するまで、ここに住む全ての民の幸せを、願うしかなかった。
「シグレくん!」
手首を縄で縛られているがシグレを発見した瞬間、ぱあっと明るい笑顔を咲かせる。どうやら無事なようだ。ほっ、と安堵する。
ウーヴァが用意したのは、拓けた厨房だ。宮殿の中央に位置する、常に貴族たちが位を争いパティシエたちを戦わせている場だった。この場所で行われるだろうとは思っていたが、実際シグレがこの場に足を踏み入れるのは初めてである。
ふたつのキッチンが向かい合わせに建設され、部屋の真ん中には様々な食材が控えてあった。奥の方には、シグレとウーヴァが鎮座する。
昔見た料理の対決番組のようだ、と詩杏はぼうっと思っていた。片方のキッチンに行き着いたとき、腕の縄はほどかれた。
「シグレく――」
「これより、専属パティシエによる決闘を行います!!」
詩杏はシグレに駆け寄ろうとしたが、皇帝の従者である老爺に大声で阻まれた。決闘、とは? はて、いつの間にそのような話になったのだろう?
「作っていただく製菓は、タルトケーキ!! それでは始め!!」
「へっ?」
開始の号令で向こうの厨房から出てきたのは、あの独房にいたときにレモンタルトを持ってきてくれた青年だ。詩杏は理解が追い付かないが、取りあえずタルトを作ればいいのだろうか。
「シアン!」
すると自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。シグレが詩杏の名を呼ぶのは、初めてだ。
「朕は信じておる! お主は、最高の菓子を作れるはずじゃ!」
「シグレ、くん……」
「リモン!!」
すると次いで、皇帝から専属に声を掛けた。
「負けたら承知しない! ここで負けたらお前には何の価値もないだろうが! いままでにない菓子を作れ!」
その言い様に詩杏はカチンときたが、きっとここで言い争っても違うのだろう。自分はただ、シグレの期待に応えるだけだ。
皇帝から暴言を吐かれたリモンは、黙々と手を動かしている。きっとそれが彼なりの答えなのかもしれなかった。
詩杏は、食材の並べられた机に向かった。どれも申し分ないほど立派なものだ。この世界は製菓に使うものに対して一流だった。自分はシグレに言われた通り、菓子を作るのだ。ただしそれは勝つためのタルトではない。
いままでの最高傑作になるように、食べてくれる人たちのことを想う。
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