第11話 ZERO ONE

 間近で接することが多かったが、遠目でその所作を眺めてもまるでヒトと遜色そんしょくがない。最終チェックは私自身の手で終えていたが、ただひとつ完成を見なかったものが心に引っかかり続けている。


 椅子に腰を下ろした ZERO ONE は、彼女を囲む研究員の男女数人と談笑していた。トレーニングの苦労話やら世間話のようなものでもしているのだろう。そして、別れでも惜しんでいるのかもしれない。


 心底楽しそうな顔をしている。その笑顔を、ついぞ私に向けることはなかった。寂しい気もするが、それも致し方のないことだと己を慰めた。


「高瀬君どうしたんだね、ひとり離れちゃって」所長の声に形だけ振り向いた。

「私の役目は終わりましたから」


「しかしすごいな。あれだろ、椅子に座ってるちょっとキレイなおねえちゃん。君ならやると思ったんだよ高瀬君。あれと比べたら、他社のヒューマノイドなんて出来損ないのロボットだ」肩の後ろをバンバンと叩かれた。手の平を返すにもほどがある。


「所長、言っておきますが、ZERO ONE はヒューマノイドではなく、よりリアルなアンドロイドです」


「君も細かいね。ところで、抱き心地はどうなのかね。試したのかね」下卑げびた笑いを漏らした。


「聞こえてないのか? だって、それは大事なことだろう? どう考えたってそうだろう?」返事をしなかったことに苛立ったのか、あるいは、己の発言の愚かさに恥じ入ったのか、所長は早口で同意を求めた。


「ZERO ONE はもう、ひとりの女性です」


「そうじゃなくて、抱いたのかどうかを訊いてるんだよ」恥じてはいなかった。

「それはしてはならないことです。繰り返しますが、彼女はひとりの独立した存在です」


「あとで所長室に呼んで、俺が触ってもだめなのか? 触ってみなきゃわからんだろ? 俺はここの所長だよ。確かめる権利はあるんじゃないのか」


 軽い眩暈めまいを覚えてため息をついた。

「ちょっと離れてもらえますか。何も話しかけないでください。でなければ──」


「軽い冗談だよ。どうも君は辞めたがりだな」

 所長は舌打ちひとつして離れて行った。


「近づかないでください」私の声を無視するように、ずんずんと ZERO ONE に歩み寄っていく。

「ZERO ONE!」振り向いた ZERO ONE に所長の後ろ姿を目で示し、小さく首を振った。関わり合うな、と。



 幼い妹を事故で失くした。その悲しみに飲み込まれるように、母はガンで逝った。一姫二太郎いちひめにたろう、理想とされる順序でふたつの命をこの世に生み、無事に育て上げれば孫という喜びも待っていたはずなのに──38歳という年齢はこの世を去るには早すぎた。今の私よりも若かったのだ。


 天はなんとひどい仕打ちをするのだろう。

 泣けど戻らぬ人たち。この手に触れることのできない処へと旅立った愛しい人たち。人生における出会いと別れの数は、絶対的にイコールなのだと思い知ったあの日。小学生だった私は、闇の中に茫然ぼうぜんと立ち尽くした。


 医者を目指したのは母の影響も大きいだろう。そんな道程で偶然出会ったのが、ヒューマノイドだった。病の人を救う医療は自分より優れた人がやってくれる。だったら自分は、その技術を極めて動物を創り出そう。

 母や妹との別れの悲しみを和らげてくれたのは、家で飼っていたチワワと、拾ってきた猫と、やがて生まれてきた仔猫たちだった。だから彼らの持つその力を身をもって知っていた。


 試作品を見て私に接近してきたのが、前所長とは考え方も人間性も対照的な、あの男だった。前所長は、人間としても技術者としても尊敬に値する人物だったが肩を叩かれる形でここを去った。


『ペットを購入するより高くちゃいかん。リースにしよう。なんだかんだ言って手放さないから儲かるぞ。なんたって愛着があるからな。ベッドを飼って喜んでる人間なんで、親バカ丸だしのアホだからな』

『そんな言い方はやめてください。ペットはパートナーです。時として人の心を救います。闇に迷う人の心に明かりを灯します』


『君も妙なところで突っかかってくるな。君も見苦しい親バカのひとりか? まあいい。そうだな──リースの延長に制限をつけて、その後は買取もOKで高く吹っ掛けるか。買取後はメンテナンス料も取れるな。金なら心配はいらん。存分に研究を続けたまえ』


 こんな人間が幅を利かせている世の中なんて、滅んでしまえばいいとさえ思う。


 医者という当初の志とは違ってしまったけれど、そんな研究者の自分だからこそ持ち得る、矜持きょうじというものがある。

 誰にも隷属れいぞくしない。自分たちの研究に必要なのは、なにより痛みを知り、それに寄り添う心だ。失われたものと失った人たちに愛を注ぐことだ。

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