第3話 冒涜

冒涜ぼうとく?」

 ずんぐりむっくりとした体を黒革のハイバックチェアに沈めた男は、口元に侮蔑的ぶべつてきな笑みを浮かべ、大げさなぐらいにトン・トン・トンと、芋虫いもむしのような指で肘掛を叩いた。


 それは常温に放置したババロアのようなたるんだ頬と相まって、やれやれ、と投げやりに響いた。この男のまぶたは常に眠たそうに重い。これでよく物が識別できるなと感心するほどだ。


 今日はソファを勧められないから、男の前に立ったままだ。

「おいおい──大丈夫かね。まさか、科学者である君の口から神などと言う言葉が出るとは驚きだな。君は神とやらが、驚くほど多くの人間を殺しているのを知らないのか? そいつが殺した人間は200万人を超えるそうだ。それにひきかえ、悪魔はたったの10人だ。教えといてやるよ、あれは精神に異常をきたした殺人鬼だ。大量殺戮たいりょうさつりくを行ったシリアルキラーだよ。あれを神と崇めるなんて、正気の沙汰じゃない」


「いえ、私は特定の宗教を信仰しているわけではありません。ただ、猿から進化して人間ができたなどとは、とても思えないだけです。そこにはきっと、創造主の類がいるはずだと──それだけのことです」


 人間は人間として創造されたであろうことは疑う余地がない。だから猿は、どこまで行っても猿だ。それらが進化するものなら、世界のどこかに中間種が存在しなければおかしい。


「創造主の類と口にして、それだけのことと言ってしまうのはどうかね? 人間というのは、死んだらそれで終わりだ。あの世なんてものもない。神というものもまた存在しない。だから神の裁きもない。創造主? それはどう聞いても、神のことを指しているとしか思えないな」男は立てた人差し指をゆらゆらと振って身を乗り出した。


「もしもだよ」笑いをこらえるような顔は、人を侮辱することに喜びを覚えるタイプなのだろう。

「神様がいたとしてだ。一応さまをつけてやろう。人間一人ひとりを裁こうなんて、そんなに暇じゃないだろう? 冒涜したからといって罰を受けるのか?」

 大の大人に向かって人差し指を突きつけるとは、なんと無礼な男なのだろう。


「いえ、ですから所長、私は神を信じているわけではありませんし、罰などというものが存在するとも思いません。神様とは言いませんが、そのようなものが存在するのではないかと、そう思うだけです」

「まあ、いい。何を信じようと勝手だ。いわしの頭でもありがたく拝んでおけばいいさ」男はふっといびつな笑みを漏らした。


「高瀬君、心とはなんだ」男は両肘をデスクにつき組んだ両手の先に顎を乗せた。

「心、ですか?」

「そうだ、心だ」


 この男にしては、深遠な質問をしてくるものだ。しかし、彼特有の生臭い答えに帰結しそうなところが見えてしょうがない。

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