第2話 届いた手紙

 門脇涼介様


 涼ちゃん元気にしていますか? 無理かな? 無理だよね……ごめんなさいね。

 

 お誕生日おめでとう。今日で28歳になりましたね。涼ちゃんのことだから、自分の誕生日なんて忘れてたかな?


 気持ちはいくらか落ち着きましたか? すべての話は高瀬さんに聞いた通りです。受け入れがたい内容で驚いたことと思います。でも、わたしたちはそれを知っていたんですよ。


 しきりにこみ上げてくる感情を抑えながら、短い手紙を書きます。だから、素っ気なく感じたらどうか許してくださいね。でも、こころを込めて書きますね。


 世界に意味のないことなど起こらない。そう教えてくれたのは涼ちゃんでした。すべては受け取り方次第なんだって。だからこれも、ふたりにとって意味のあることだと信じたいです。


 わたしのことは、心の片隅にでもいいので少しだけ残してくれると嬉しいです。そして、迷わず前に進んでください。心残りは、きちんとさよならが言えなかっただろうこと。本意ではなかったけれど、申し訳ない気持ちでいっぱいです。ごめんなさいね涼ちゃん。だから代わりにこれを送ります。


 お世話になりました。あなたに会えてとても幸せな日々でした。これがずっと続けばいいのにと、毎日のように思いました。


 今日から連なる未来が、涼ちゃんにとって最高の年月としつきでありますように。


 さよなら、ありがとう。

 あなたを愛せてよかった。この気持ちが、どうかまっすぐ届きますように。そしてこの愛が、ひとときの陽炎かげろうでありませんように。

 

      一之瀬 美玖



 思いがけない再会に、微笑もうとした頬が引きつるように歪み、ふっと鼻から出るはずの喜びの息は情けない声を伴った。


 胸の奥からマグマのようなかたまりがせり上がってくる。胸元が、首筋が、喉元が熱い。頬が火照り、耳にこめかみに、熱がこもって上昇していく。


 グッと噛み締めた歯の隙間から嗚咽おえつ交じりの息を吐きながら、涙でゆらゆらと揺れる文字を幾度も追いかける。


 彼女の気持ちが哀れ過ぎて、それを押し付けたかもしれない自分が憎くて、それでも彼女は許そうとしてくれて──温かい手紙までくれて。やがて、手紙の文字が涙の海に溺れた。


 あらゆる思いがない交ぜになって、僕はテーブルに突っ伏して泣き崩れた。罠に捕らえられた獣のように、吠えながら、体震わせながら、運命を呪うようにき続けた。


『明るい日陰がいいのよ』

 どれほど時間が過ぎたのだろう。美玖の声が聞こえた気がして窓辺を見た。


『夏も冬もエアコンの風が直接当たらないところが好きなの。葉水の霧吹きはこまめにね。春から秋は、鉢の土を乾かさないように水を与えて、冬は土の表面が乾いてきたら与えるの。夏は葉が蒸れて枯れることがあるから、株の上から水を与えない方がいいの。鉢の縁から鉢土に直接与えるようにするのよ』


 まるでこの日を見越したような、美玖の言葉が蘇る。


 立ち上がった僕は窓辺にしゃがみ込み、それを撫で霧吹きを手にした。鼻にティッシュを詰め、涙を袖で拭い、彼女が育てていたアジアンタムに霧を吹いた。

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