慟哭の ZERO ONE
卯都木涼介
第1話 逢魔が時
到着駅のアナウンスが車内に流れた。減速を始めた車窓の向こうには暮れかけた町並。横では
つり革を
人の波に押され混み合う改札を抜けると、日中とは打って変わった涼やかな風が吹く駅前の広場には、
【
『古来、魔物に出逢うといわれた時間帯のこと。夕暮れ時のお豆腐屋さんのラッパが、トーフーって哀愁の音色を響かせるころ』
その豆腐屋のラッパというのを僕は聞いたことがない。けれど、幼いころの彼女はよく耳にしたのだという。
『縁側の向こうには
『トーフー』
『そそ。
彼女は暮れゆく空を見た。
『好奇心ばかりで何も怖いものがなかった時代』と、楽し気に体を揺らしながら口にした。
『どこの国のおとぎ話なの? 異次元の世界にでも住んでた?』
『まあ、東京じゃない田舎。でも、東京でも行くとこ行けば聞けるんじゃないのかなぁ』
『それって?』
『例えば、葛飾区とか、墨田区とか、江戸川区とかね。まるで根拠を持たないあてずっぽうだけど』と、彼女は柔らかく微笑んだ。
空はまだほんのりと明るく、淡く
立ち止まり、振り仰ぎ、家々の屋根が切り取る暮れなずむ空を見る。街路樹の葉擦れの音とともにひとしきり風が吹き、彼女と出かけたどこかの高原の、濃い緑の匂いを
風は、疲れた足取りで家路につく僕の首筋を撫でて過ぎて、やがて何事もなかったかのように静かになった。
今宵も僕は、
ハウリングのように耳障りな
胸に湧きおこるのは
叶うなら、僕はすべてを君にあげたってかまわなかった。もしも忘却が君を消し去るとしたなら、そうなる前に、僕なんて消えてしまえばいいんだ。
賃貸マンションのエントランスのドアを押し開け、ネクタイの結び目に人差し指を掛けて揺すったとたん、深く重いため息が口を突いた。
集合ポストを開けると、面倒で捨てずにいるチラシの上に、
気が動転してオートロックの暗証番号を二度も押し間違えた。ドアを抜けて小走りになる。
キーホルダーのカギが上手くつまめない。ようやくつまんだと思えば今度は手が震えてカギ穴に上手くキーが入らない。苛立ちの混じった息がさらに手元を狂わせる。
ドアを引き、靴を脱ぎ捨て、かばんをベッドに放り投げて椅子に座った。
美玖が触れて、自ら封をしたものだ。はやる気持ちを抑え込むように丁寧にはさみで切り、その切れ端もなくさぬようにレターケースに入れた。耳の奥で鼓動が強く打ち続けている。息苦しさに、ひとつ大きく、ふるえる息を吸い込んだ。
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